デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2006.01.16アニメスタジオで考える人材養成

最近、2つのアニメ制作スタジオを訪問する機会があった。いずれのスタジオも素晴らしい作品を出していて、その製作現場を拝見することは興味深かった。しかしもっと参考になったのは、それぞれのスタジオで伺った人材に関する話題であった。近年何かと注目されている日本のアニメ業界であるが、将来を考えると改善すべき点も多く、人材養成という点で他の業界にも参考になる課題を見たと思う。


スタジオ4℃(東京都武蔵野市・吉祥寺)は、作品性の高い映像を作ることで知られている。最近では平成16年度に劇場作品「マインド・ゲーム」が、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で大賞を受けている。その中で湯浅政明監督は、アニメ画に声優の表情を実写で重ねたりする斬新な表現を多々使っている。この背景には、もともとスタジオジブリで「となりのトトロ」などのプロデュースを担当していた田中栄子社長が独立してスタジオ4℃を作った時から、他に先駆けてデジタルで製作を始めたり、実写とアニメの融合などを実践的に開拓してきた経緯がある。

そのような実績のあるスタジオでも、なかなか中堅の人材は多くないようである。プロデューサーである佐伯幸枝さんは入社後10年で、社長と一部のスタッフを除くとあとは20代しかいない現場を仕切っている。もっとも始めからプロデューサー候補だったわけではなく、教育学部を出てからアニメ業界に入り色付けの作業から始めた。

経済産業省が2004年に出した新産業創造戦略では、燃料電池、情報家電、ロボットなどと並んで、アニメを含めたコンテンツ産業を日本は戦略的に強化すべきであるとしている。そしてこの分野で最も求められているのが、産業の活性化に貢献できるプロデューサーであるとされている。しかしそのような人材の養成となると、実際には佐伯さんのように著作権など仕事に必要な知識は業界に入ってから覚えたという場合が多い。コンテンツ分野のプロデューサーを養成する教育は少なくとも4年制の大学では最近始まったばかりで、法務・財務などの科目と、実践的なインターンシップの組み合わせを試行しているような段階である。現場経験がもっとも重要であるとしても、出発点となる知識を高くして若手の頃から活躍できるように整備することが、コンテンツ分野が持続的に拡大していくために必要なようである。

プロデューサー養成のかけ声の一方で、クリエーター(アニメーター)についての現状を聞くと、こちらも簡単ではないようである。現在日本には、一説では千人ほどのアニメーターがいる。しかし劇場公開レベルの作品が描けるのはその中のごく一部しかいない。アニメの製作本数がここ数年で増えたため、有能なクリエーターの取り合いは壮絶だという。クリエーター志望の若者が専門学校を出てくるので人材供給には事欠かないかというと、そうではないらしい。例えばAKIRAなど10年前の作品のクレジットに名前が出てくる人は、現在作られている作品でもやはり名前が出てくる。当時20代だった世代はそのまま年齢が上がって、今は30代後半になっている。この世代はもともとアニメでなく絵画や映画を見て勉強していたので、芸術一般に通じる豊かな感覚を持っている。しかし今の世代はアニメを観てアニメを描いているせいで、結局元の絵を超えられないコピーになっている。すなわち、アニメで活躍するためにも、映画や絵画などアニメ以外から良いものを吸収して感覚を磨いておく必要がある。結局技術の習熟はクリエイティブなことの一面でしかなく、人材養成には近道はないようである。

もっとも、優秀なアニメーターが増えにくい原因は所得格差にあるということも以前から指摘されている。リスク低減のためにも、ほとんどのアニメスタジオがテレビ番組の製作を請け負っているが、そうすると製作費を払う側のテレビ局が圧倒的に強い力を持つようになる。国際大学GLOCOMフェローの岸本周平氏は「寡占状態のテレビ局が優越的地位にいることがコンテンツ制作側の地位向上を妨げている」と指摘している(赤門マネジメントレビューVol.4, No.9)。アニメに限らず他の業界でも同じと思うが、流通側に主導権があって製作側が低賃金で働かざるを得ない構造は、人材養成以前に政策的に改善していかなければならない問題である。

もう一つのスタジオはマッドハウス(東京都杉並区・荻窪)で、ビルの広いフロア2階分を占めている。実はこのビルにはもともとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ・ジャパンが入っていたのだが、すでに2Dアニメは利益を生まないと判断して、ディズニーは2004年に撤退している。ディズニーが3Dアニメの製作へと転換したことは前回ニューズレターに書いた通りだが、その撤退後にロサンゼルスにも出張所を持つ日本のアニメスタジオが入って優れた作品を世に出しているのは感慨深い。いづれにせよ、上記のスタジオ4℃やスタジオジブリのある吉祥寺は2つ隣の駅という位置関係であり、他にもこの中央線沿線にはアニメ関係のスタジオが多数集積している。

マッドハウスは監督を中心にしたスタジオの集合体である。例えば「千年女優」の今敏監督もその一人で、全体的に乱雑なフロアの中でそのスタジオ部分だけすっきりと引き締まった空間を使っている。ちなみに千年女優も文化庁メディア芸術祭アニメーション部門で平成13年度に大賞を受けている。このような環境に米国の大学を出てから飛び込んだプロデューサーの齋藤優一郎氏は、社内でいろいろな制作プロジェクトに関わっていった。現在まだ20代だがすでに、次世代の中心人物といわれている細田守監督と組んで、2006年夏に劇場公開予定のアニメ「時をかける少女」のプロデュースを担当している。

齋藤氏のような活躍をする人が次々と出てくれば、アニメ業界も継続的に盛り上がっていくだろう。ただ良く聞いてみると、意外と若手世代であってもスタジオ間の交流などがなく、スタジオに人材を囲い込んできた経緯がそのまま続いているらしい。アニメ産業が成長していけば、スタジオ間での転職や、一旦他の仕事をしてからまた別のスタジオに収まるというケースも当然でてくるであろう。これもまたアニメ業界に限らないと思うが、人材養成とともに、若手でこれからキャリアを開発する人にとって自由度があるように業界のリーダーが工夫していくことが、良い人材を惹きつけるために必要であると思う。


スタジオ4℃(東京都武蔵野市)と劇場アニメ作品「マインド・ゲーム」(監督・脚本 湯浅政 明)

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