デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2006.03.15ユーザが積極的な意味を見出せる経験

ユーザビリティーや付加サービスを洗練させ、ユーザ・エクスペリエンスを向上させていくことの重要さは、すでに多様な製品が実証している。趣味性の強い分野はもとより、食品や健康など生活の基本的な分野でも、たとえばオーガニック食品を選んでいる人を見れば、健康に関しての安心感だけでなく、そのような食品を扱う店でショッピングする楽しさ、店舗内のカフェや掲示板、フリーペーパーを介して加わるコミュニティーへの関心など、製品を取り巻く状況の中に身を置くことの心地よさを見て取ることができる。


ここで、心地よく買い物できるという経験は、製品、パッケージング、カスタマーサービス、広告など顧客とのあらゆる接点を通して演出していくことができる。これは開発者側からすべての顧客に一律に発信できるサービスである。しかし一方で、そのような製品やサービスが自分にとって不可欠だという積極的な意味づけを特定のユーザの中に生まれさせることは、同じしくみで強化できるだろうか?

このユーザの中での意味への希求という点に関して、最近出版された「Making Meaning」(2006, New Riders)はなかなか良いところをついた本だと思う。著者のSteve Dillerはマーケティングリサーチで知られるチェスキン社のコンサルタント、Nathan Shedroffはエクスペリエンス・デザインでよく知られた論客である。彼らはこの本で、ユーザ・エクスペリエンスの先に、ユーザにとって意味が感じられる(meaningful)ことがマーケティングの焦点になってくると主張している。そしてこれは以下のように消費者の判断基準が時代を追って進化してきた延長上に自然に位置づけられるという。

20世紀前半の良いものを安く提供する時代には、大量生産技術により品質の良い低価格のものが消費者のニーズを満たしていった。生産技術が向上するにつれて、同じ商品の中で嗜好に応じたバラエティを供給できるようになったが、基本的にはどの家庭も他所と同じものを使う時代だった。その後、60年代のベビーブーマー世代の頃から、他人と同じものを求めるよりも、選択によって個性と感性を主張する時代になった。マーケットは均一に安くから、分化する消費者のニーズに合ったものを提供することが焦点となり、リーバイス、フォルクスワーゲンなど新しいライフスタイルを主張するブランドが広まった。そして20世紀終わりになると、ユーザへの視点の移行がさらに進み、製品を使うユーザがどのような経験するかということに価値の重きが移ってきた。洒落た空間で自分に合わせたコーヒーを飲むスターバックスや、旅行することを楽しくさせるサウスウエスト航空の成功はその代表である。

そして彼らは、このトレンドの延長上にあって、さらに成熟化へと向かう社会では、商品の選択や所有に意味を見い出せることが問われていくと主張しているのである。

ユーザに新しい意味を与えたとして彼らが例に挙げている企業には、おなじみのAppleとiPodなどもあるが、それ以外にも家庭用洗剤の新興企業であるメソッド(Method)が含まれている。高校からの友人同士が始めたメソッドというブランドは、家好きの人が掃除に積極的な意義を感じられるようにという考えのもとで、美容用品かと思うほど洗練された容器(Karim Rashidのデザイン)で洗剤をパッケージングしている。しかも他の製品に劣らない洗浄力で環境負荷や人体への影響が少ない物質や、においを隠すのでなく分子そのものに結合して消してしまう物質などを使っている。新しい技術とその見せ方によって、負のイメージだった掃除を積極的な意味が感じられるようにした結果、メソッドは大手メーカーが独占していたスーパーの家庭用品売り場で自分の位置を確保するまでになった。人々の心の中に掃除への積極的な意味づけをもたらしたところがメソッドの独自性ということである。

実はこの本にはmeaningful experienceの厳密な定義がされていないのだが、数々挙げられている例を見ると、意味というよりも、こだわりのある、愛着が持てる、自分らしさが感じられるというような言葉が当てはまるようである。またmeaningful experienceを構成する要素として、達成感、美意識、創作意欲など15の項目を挙げているが、必ずしも通常のヒアリングで出てくる言葉と違うわけではないので、それだけでmeaningfulnessが規定できるわけではない。しかし全体として、内面からの動機づけがよりはっきりと選択に現れてくる時代の予感や、消費者が自分なりの意味を見出している場面をリサーチすべきだとしている指針は正しいと思う。まだmeaningful experienceを実現する方法論が十分明らかになっていないのはいかにも残念だが、今後その実例となる製品やサービスが各分野で現れてくることに注目しておきたいと思う。


写真:チェスキン社のSteve Diller氏(一番奥)。同社のサンフランシスコ・オフィスでmeaningful experienceについて説明している。

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