デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2006.05.15ユーザリサーチと物語性

商品やサービスの開発のためのユーザリサーチで、分析結果を分かりやすく説明する一つの方法は、ユーザの人物像(ペルソナ)を描くことである。ペルソナには製品やサービスを使う場面をはじめ、使用に至るまでの動機や使用後の効果、さらには長期間の習慣の変化など、想定する人物と製品やサービスとのかかわり方を描く。ペルソナ像が見えてくることにより、製品やサービスの開発上の目標が明確になり、判断基準が振れなくなるという利点がある。


ペルソナを組み立てるための情報収集では、アンケート調査やユーザ観察が用いられている。特にインターネットを使ったアンケート調査では、大量のデータを集約していくために、まず数値で選択するような質問項目で定量的なクラスタリングを行う。そして重要なクラスターについて、文章で回答する質問項目を定性的に分析する。定性的な分析では、クラスター内の回答に含まれる特徴的な記述を読み取って、複数の回答者からのデータに基づいたひとつのペルソナ像を作る作業を行う。

ユーザリサーチの専門家が作ったペルソナ記述を詳しく見ると、想定する人物が経験するであろう一連の場面(エピソード)が描かれている。エピソードには随所にアンケート調査から得た実際の経験が引用されている。経験を引用することにより、いきいきと実感を持ってペルソナ像が語られる効果が生じる。一方エピソードの中には、どの回答にも対応しないものもある。この部分は前後のエピソードの間の飛躍を埋めることから、必然的に何らかの変化を表現している。ペルソナ記述全体がユーザの望ましい方向への変化を記述するので、飛躍部分はどのような変化を期待してユーザに語りかけるべきかを具体的に示しているといえる。

ペルソナを作ることは熟練を要する作業であり、その中でもエピソードの飛躍を埋めて一貫性のあるシナリオを描くことは非常に創造的な部分である。ただしこの部分も単語レベルで見てみると、調査結果に含まれる単語が多く使われていることがわかる。たとえば前後の関係からダイエットというエピソードを挿入する状況を考えよう。アンケートの回答でダイエットというキーワードを探すと、同じ文章中に例えば健康管理という単語が見つかるかもしれない。またより広く文脈内には、健康診断がきっかけになったという動機や、ダイエットして体調が良くなったという効果の記述もあるだろう。これらの関連する言葉は、エピソードを挿入してペルソナ記述を展開する上での手がかりになる。実際、エピソードの記述と並行して、調査結果中の注目する文脈にどのような単語があるかを提示することは、ペルソナ記述の支援として研究に値すると考えられる。

ユーザリサーチはそれ自体が、開発者と現実のユーザとを媒介する作業であり、できるだけ実感をもって現実を見るような結果の提示の仕方が必要である。その中でペルソナが特に強力な理由は、一つには物語という形式が人間にとって理解しやすいという点があるだろう。より本質的には、ペルソナ記述という物語を組み立てる中で、望ましい変化を起こす方法を一貫性を持って考えるように動機づけられることが重要なのだと思う。

このように考えると、ユーザリサーチの結果を最も効果的に受け取る方法は、短時間でも深くペルソナ作成の作業に参加することだ、ということになる。今後、大量のデータを効率よく探索する支援ツールや、それを使いこなす専門家の活躍により、調査者と開発者がやりとりしながら調査結果を分析する作業がより高密度になっていくのではないかと思う。ユーザリサーチは、支援技術の進歩によってプロセス自体もまた今後大きく発展していくと思われる分野である。

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ペルソナの記述に含まれるエピソード