デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2006.06.15ベンディングにみる自在さの文化

電子楽器や音の出るおもちゃを改造して全く違った音にしてしまうことをサーキット・ベンディング(circuit bending)という。例えばおもちゃの電子ピアノを分解して、キーボードの裏側についているICの足をショートさせたり、別のところにつないだりすると、もとの楽器とは全然違う音が出てくることがある。大体はガガガガとかの雑音だが、何かの拍子にSF映画の効果音のような音が出ることもある。一度ポイントが見つかると、そこから少しずつ抵抗などを調節して音を改良していくわけだ。


サーキット・ベンディングはここ数年愛好者が増えて、ニューヨークで大会が開かれているほどだ。手作りの楽しさを追求する点では自作パソコンと同じジャンルだと思うが、パソコンは規格化された部品を役割どおりに配線して正常に機能させることが目的だ。一部では高クロック化なども行われているが、本来可能なことを出来るようにするという意味では、予定された機能の延長といえるだろう。それに対してベンディングはもともとの機能でない方向に作り変えることが目的で、ハードウエアを使った創造的なハッキングと言ってもよいだろう。設計図通りに作るのではないため偶然に左右されるが、その分予想しなかった音が作れる喜びがある。

今年のゴールデンウィーク中に、東京・お台場の日本科学未来館で予感研究所というメディアアートの展示会が開かれた。同会場で行われた情報処理学会の研究会で、多摩美術大学の久保田晃弘教授はベンディングについて次のように解説している。「電子回路に限らず、スピーカー、データ、プログラムなどあらゆる対象を作り変えるベンディングは、音楽を自在に作り変えたDJを後継する文化である。しかもこれまではソフトウエアでしか出来なかったようなベンディングが、身近なハードの組み合わせでできるようになってきた。そしてベンディングの文化は、すでに科学の世界では起きている身体や生命の改変へも向かっていくだろう。」

生命はともかく、ベンディング文化の興隆をデザインの世界で考えるならば、与えられるモノの消費からの転回という現象といえるだろう。モノの方を自分から作り変えてしまうベンディングの行動は、クールなものが何かを直感的に嗅ぎつけて新しいスタイルにしてしまう感覚で支えられている。ベンディングのイベントに出てくる若者達も、一昔前の電子工作マニアとは違い、まさにDJのような自由な雰囲気を持っている。自分の方からクールなものを作り出したいという動機と、手探りで作り出すという実感が彼らの駆動力になっているのである。

ベンディングをやっている人々は分解するために新品の楽器を買ったりはしないが、ジャンク品を改造するワークショップにはお金を払って参加するし、そのためにニューヨーク行きのチケットを買うことが仮に新品の楽器より高くても惜しいとは思わない。自分の作品を公開するためにブログも借りるし、当事者以外には全く価値のない古いおもちゃをオークション会員費を払って売買している。結局ベンディングという行動は一見ハードウエア指向に見えて、実際はほとんどの部分でサービスを購入しているわけだ。

サーキット・ベンディング自体はおそらく一部の人々の趣味にとどまるだろうと思う。しかしベンディングの根底にあって、モノの本来の目的といった意識をあいまいにする考え方は、回路に限らず領域を変えて広がっていくと思う。ベンディング・カルチャーを一つの参照点として、今後のデザインが体験を豊かにしていく手伝いをする方向へと発展できれば、ますます面白くなっていくだろう。

写真:おもちゃの楽器とブレッドボード(試作用基板)を使ったサーキット・ベンディング(多摩美術大学・久保田研究室)d_21_bending