デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2007.09.11「不都合な真実」に見る説明の方法

遅ればせながら最近、映画の「不都合な真実」を見た。登場するのはクリントン政権で副大統領だったアル・ゴア氏で、 地球温暖化の影響が世界各地で現れている事実を伝えている。映画自体は彼の講演場面を中心に、 この問題に深く関わるようになったエピソードを含めたドキュメンタリーで、映画やテレビ番組のディレクターとして活躍するデイビス・ グッゲンハイム監督が映像化している。

アル・ゴアが講演で主張しているのは、大気中の二酸化炭素の増加に対していま手を打たなければ、地球の気候変動がますます強まり、 人間も自然も大きな影響を受けて取り返しのつかないことになるということである。この講演内容については、 事実だけでなく推定が混じっている、温暖化を強調するデータだけを紹介して逆の事例を見せていない、 科学的な事実だけでなく倫理を持ち出してセンチメンタリズムに訴えているなどの批判がある。またより根本的には、 環境問題の解決にお金をかけてもコストパフォーマンスは低く、食料や水の不足、 伝染病などもっと直近の問題に投資したほうがよいという経済学者のシミュレーションも発表されている。 そのいずれの言い分にも一理あると思う。

ただアル・ゴアが講演活動をしている目的は、普通の人が漠然としか理解していない地球温暖化の事実を知らせることである。 そしてその目的の下で、気候変動の最新の研究成果や、 地球温暖化が気候や海流を変えると心配されている根拠を分かりやすく説明することにはついては、 おそらく専門の研究者よりも成功しているといえる。アル・ゴアの問題提示の仕方、 メディアの使い方はプレゼンテーションの点で非常に参考になる。

その一例が、世界の氷河や山の氷冠が後退している事実の示し方だ。このことを彼は数字で抽象的に語るのではなく、 実際に各地の氷河やキリマンジャロの写真を出して、 30年前のキリマンジャロの氷冠が現在ずっと小さくなっていることなどを対比で見せていく。単純なことだが、 写真で以前と今とを比べることで、誰の目にも明らかな説明にしている。同じ方法で、 国境を接したハイチの荒野とドミニカの森林も対比されている。両国の国境付近を上空から見た一枚の写真だけで、 ドミニカ政府が保護政策を取っているために森林が守られていることが一目瞭然でわかる。

グッゲンハイム監督によれば、アル・ゴアはこのような画像やデータを自分で収集しているという。 周辺に科学者がいて手助けしているのだと思われそうだが、実際にはプレゼンテーションを手伝う助手が一人いるだけで、 多数のメディア素材をアップルのラップトップにダウンロードしてスライドにしているということだ。また映画では、 世界中の海流がつながっている事実や、海氷が溶けても海水面の高さは同じだが陸氷が溶けると上昇するという理屈を、 アニメーションを使って分かりやすく説明している。

もう一つ、感傷的といわれることではあるが、ゴアのプレゼンテーションの中では白熊やペンギンなどの動物の写真が所々に出てくる。 これらの写真は講演のストーリーに関係して出てくるのだが、聴衆の目をひきつけて同化させ、 温暖化の影響を受ける生物の視点になって考えさせるという効果を出している。 グッゲンハイム監督が映画のメーキングで語っているエピソードでは、 渡り鳥の繁殖時期が気候変動の影響を受けているという講演部分から親鳥がヒナにえさを運ぶ写真をカットしようとしたが、 ゴアはその写真に観客が強く共感するからといって残したそうだ。

もう一つ興味深いのは、ゴアが示しているグラフが、きちんと数値の目盛りを入れて、原点をゼロにしていることである。 新聞などにでているグラフにはわざと原点をゼロにしないで、全体の量でなく変動部分だけを誇張しているものがある。 しかしゴアの講演の見せ場になっている、南極の氷で測った65万年間の二酸化炭素濃度の変動も、16万年間の人口増加も、 いずれのグラフも原点をゼロにとって視覚的なごまかしのないようにしている。実際、 書籍版の不都合な真実に掲載されている22個のグラフを見てみると、原点をゼロにしていないものは3つだけだった。 このようなディテールでも作為的な印象があるとかえって疑わしくなるので、正しい表示を選んでいるのは賢明な選択だと思う。

映画化するためにグッゲンハイム監督が取った方法も興味深い。単調になりがちなスライドショーを魅力的にするために、 撮影スタジオ内に聴衆が入る講演会場を作り、幅14mのリアプロジェクションスクリーンを設置して、 その前をゴアが歩きながら話せるようにした。スクリーンの裏には3台のプロジェクタを設置し、 また手前には説明用に2台のプラズマを使っている。こういった大きなスケールのプレゼンテーションで、 人間の動きと画面が同期しているのを見ると気持ちのよいものである。

元政治家が科学的な内容を講演するドキュメンタリーという前例のない内容にもかかわらず、この映画は興行的にも成功したそうだ。 それと表裏一体であるが、映像メディアを印象的に使っている点、 この問題に対するゴアの思い入れの源流を語る個人的なエピソードの織り交ぜ方、データの示し方、そして今後大型化、 高精度化するであろうプレゼンテーション環境を少し先行して見せている点など、 プレゼンテーションのデザインという面でもこの映画には我々に大いに参考になることがある。 質の高いプレゼンテーションについて考えるときには、参考にしたいと思うものである。

 

写真:アル・ゴアがリフトに乗って将来の二酸化炭素濃度の予想値を示すシーンal-gore