デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2007.11.16展示を通したユーザ観察

現在、森美術館(東京・六本木)で開催中の六本木クロッシング2007で、「計算の庭」 という作品を東京芸術大学の佐藤雅彦教授と共同で展示している。佐藤氏はご存知の方も多いと思うが、電通時代にCMプランナーとして活躍し、 最近ではNHKの教育番組「ピタゴラスイッチ」の監修や、今年のニューヨークADC Gold Prizeを受賞したアニメーション 「A-POC INSIDE」など認知科学に基づく映像制作を行っている。今回の展示は、 演算という抽象的な概念に具体的な形を与えて体験できるものにしてみようという発想から始まったのだが、 もともと抽象的なものだけに実物も大変シンプルで、体験している人の様子が良く分かるものになった。そのため、 少し変わった状況設定ではあるが展示を通して利用者の動きを観察することができるので、今回はそれについて紹介したい。

まず「計算の庭」では、約10メートル四方のフロアの中に入口と出口を含めて8つのゲートがある。「計算の庭」を体験する人は、2、 5、7、36、91などの数字が書かれたカードを一つ選んで入る。フロア内には+5、+8、-4、×3、×7、 ÷2と書かれた6つのゲートがある。カードの数字は初期値で、ゲートを通るたびに数字に演算が施されて現在の値が更新される。 そして現在の値を出口ゲートに書かれている73にするのが目標である。参加者は頭の中で「いま24だから次に×3を通ると72、 そして+5とー4を通るとゴールの73になるはずだ」などと考える。そして実際にその計算が正しければ出口ゲートで「○」が表示され、 73になっていなければ「×」が表示されて続けて計算することになる。途中で計算が分からなくなったときには、 フロア内にある表示台に行ってカードをかざすと、これまでの経路と現在の値を画面に出すことができる。

「計算の庭」の来場者の様子を観察すると、ほぼ全員が入場してからしばらくは演算の種類をながめ、さてどうしようかと考える。 そして数回ゲートを通ってから、途中まででいくらになったかを確かめに表示台に行く。 そこで自分の思っている通りに計算が進んだのを確認してから、今度はゴールの数字にするにはどのゲートを通ればよいかと具体的に考え始める。 最初から経路全体を見通して計算を始める人も一定の割合でいるが少数派だといってよい。多くの人にとっては、 装置の説明を聞いただけでは自分がその中で動いて演算が進むイメージが十分に確立できず、 頭の中でスムーズにシミュレーションすることができない状況になっているようである。

一方、演算が途中まで進んで、そこからゴールに到達する方法が分かると途端に足取りが早くなる様子が観察される。 一度答えに至る道筋が見つかると、それが正しいかを早く試してみたくなるのである。このことから計算のようなタスクを楽しくする鍵の一つは、 答えへの道筋を見通せる瞬間を作ることと、その答えをスピード感を持って確かめられることだという仮説が得られる。

「計算の庭」には以前のコラムでも紹介したRFID技術を用いており、タグ付きのカードを持った人がゲートを通過すると、 ゲート内のリーダがIDを読み取ってサーバに送る。サーバは各カードの現在の値を記憶しており、×3などゲートに応じて次の値を計算する。 RFIDとデータベースを組み合わせると、どのカードがどのゲートをいつ通過したかという記録を逐一データベースに蓄積できる。そのため、 一日の終わりにその日の通過数を集計するなどのマクロな分析も、 ある人が一つのゲートを通ってから何秒後に次のゲートを通るかなどのミクロな分析もできるようになる。自動的に時刻が記録されることは、 ユーザ観察にとっては大変都合がよい。

実際にサーバに残ったデータを分析したところ、最短4回の演算でゴールに到達する数字を選んでも、 平均して8回から9回の演算ゲートを通ることが分かった。これは人間が最短経路を計画してから実行するよりも、 まず現在の数字をゴールの数字に近づけようと直感的な判断でゲートを選ぶためであると思われる。 実際に人間が選択した経路を後から分析することで、 初期値と目標値の2つの数字が与えられたときの人間の判断の傾向が分かることを期待している。

「計算の庭」のような展示は不特定多数の人が利用するためユーザ観察の対象者を絞り込むことができないが、逆に親子連れや車椅子の方、 グループでの来場者や単独で何度も来ている愛好者など、様々な方々に利用していただいて反応を確かめることができる。 展示という形を借りてではあるが、計算機で出した最適な経路ではなく、人間らしい挙動を観察するのに適した状況になったので、 御自身で試していただける場合は是非他人の挙動にも注目していただけるとよいと思う。

 

 

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「計算の庭」(佐藤雅彦+桐山孝司, 2007)

 

fig2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールの値である73になった経路