デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.01.10子どものためのペルソナデザイン

ペルソナとは、ユーザ調査の結果を仮想的な人物像として集約し、製品やサービスの開発に関わる人々の中で共有するデザイン手法である。 もともとパーソナルコンピュータの黎明期にアラン・クーパーがユーザ中心のソフトウエア開発をするために行っていたこの方法は、 90年代に彼の著書で広く知られるようになった。そして「ペルソナ戦略」[1,2]の出版により、 さらに広い範囲でペルソナという名前が知られるようになった。さまざまな分野の現場でペルソナが使われるようになるとともに、 その経験に基づいた発表が学会でもされるようになってきている。今回はその中でも興味深い事例として、 子どものペルソナを作ることについての報告を一つご紹介したい。

まず子どもでも大人でもペルソナは同じ方法で作れるのではないかと思えるが、例えば8歳と10歳の子どものニーズの違いは、 通常の市場調査のような分類の粗さでは区別できないという明らかな問題がある。さらにより根本的には、 大人には作業を効率よく達成するなどの具体的な目標について調査できるのに対して、 子どもにはもともとそのような目標や作業の効率という尺度がない。子どもに関して調査を行うには、 大人の場合とは着眼点を変えなければならないのである。

大人にとっての仕事や作業の必要性がない代わり、子どもにとっては年齢に応じた発達をするのに必要なものがある。 カナダのサイモンフレーザー大学のAlissa Antle教授は発達心理学に基づいて、子どもにとって(1)愛情と、 安心の伴った独立心との間のバランスをとること、(2)社会との積極的な関わりを持つこと、(3)充実した学習ができること、(4) コントロールする力を持てるようになること、が共通して必要とされていると指摘している。 そこでAntle教授らは子どものペルソナを作るにあたってヒアリングをするときに、 子どもの発達に必要なこれらの事項がいつどのように満たされるかという観点でインタビューをすることにした。例えば安心感についてならば、 子どもがいつ安心と感じるか、何があると不安と感じるか、そしてそれらをどう克服するか、といった問いについてインタビューをした。 そして質問ごとにテンプレートを作って答えをまとめていった。

興味深いことに、Antle教授らは子どもをインタビューするときに、まず先にペルソナを提示している。 「10歳のラヒエルはトロントに住む3人姉妹の長女で、早く家から出て行きたいと思っているような、早熟で小説に没頭している女の子」 がもしいたら、このデザインに対してどう思うだろうかという質問をしているのである。これによって、 子どもは大人から質問されるときのような一方的な上下関係にとらわれずに、自分の友達のような人物について自由に考えられるようになる。 ペルソナをインタビュー結果の単なるまとめではなく、インタビューを進めるためのツールとして使うことは非常に斬新な方法だと思う。

さらに面白いのは、10歳の子どもをインタビューするにあたって、大人から質問されることがプレッシャーにならないように、 インタビューとビデオ記録を15歳の子どもに担当させているそうだ。ペルソナを作るためには実感のある情報を集めることが最重要であり、 そのために子どもの中に入り込んで行く手法は大変有用であると思われる。Antle教授らはこの手法で作成したペルソナを、 カナダの公共放送CBCのウェブサイトのデザインに利用した。その後このサイトは再度の更新を経て当初のままではないが、 上位のCBCのサイトで現在映像アーカイブとして公開されているカテゴリーでは(http://archives.cbc.ca/info/apropos_en1.shtml)、 子どもが自分で発見しながら知識を増やしていくデザインが引き継がれているようである。

もともと、製品やサービスの開発にあたってペルソナが現在注目されている背景には、従来的な効率の追求だけでは捉えられない、 個人の自己実現や自分らしさをペルソナに託して表現したいというニーズがあると考えている。その意味では子どものペルソナは、 彼らの自己表現、自己実現の要望を直接的に捉えようとするものであり、ペルソナデザインの実践の中でも純粋で先進的な試みだと思える。 Antle教授によれば、子どもに関するデザインを行っていても子どもとのコンタクトが限られている場合など、 自分が子どもだったときの思い出を投射した自己のイメージで考えを進めてしまうことがあるという。 もし自己実現や自分らしさの表現が必要とされるデザインにも同じ問題があるならば、そこにこそペルソナを作る意味があるといえるだろう。

 

図:カナダCBCの映像アーカイブサイト

cbc-archives

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[1] ジョン・ブルーイット他: ペルソナ戦略、ダイヤモンド社 (2007)
[2] John Pruitt and Tamara Adlin: Persona Lifecycle, Elsevier (2006)
[3] Alissa N. Antle: Child-Personas: Fact or Fiction?, DIS2006, pp.22-30(2006)
[4] Alissa N. Antle: Child-User Abstractions, CHI2006 Work-in-Progress, pp.478-483 (2006)