デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.03.12Linuxにもユーザ・エクスペリエンスの波

最近、デスクトップ向けを意識したLinuxであるUbuntu(ウブンツ、アフリカの言葉で思いやりや擁護を意味する) の人気が高い。 もともとLinuxはいろいろなディストリビューションが無料で提供されているので気軽に使ってみることができるはずだが、 ハードウエアの設定やWindowsとの共存が難しいなど、ちょっと試してみるというには面倒なものだった。 しかしUbuntuはまずDVDから起動して、気に入ったらそのDVDからインストールできるという便利さを提供した。 インストールしてもすでに入っているWindowsシステムを消さずに新しいディスク領域を作るように準備されており、 デバイスやプリンタの設定もWindowsなみの簡単さである。 従来はサーバはLinuxでもノートPCではWindowsという選択が普通だったが、 今ではLinuxも試してみようと思えるほどである。

Ubuntuの人気の理由を一言でいえば気持ちよさだといえる。Ubuntu自体はRed HatやDebianと同じくLinuxのディストリビューションであり、Linuxの最小限の部分(カーネル) とコマンド群がパッケージ化されたものに過ぎない。 また配布パッケージに入っているツールもFireFoxやOpenOfficeといった無料でダウンロードできるものだけなので、 特にツールによって差別化しているわけでもない。しかし同じLinuxを使うのであっても、 インストールの簡単さから始まって、 アップデートが自動的にできる、半年に一回と定期的な更新が決まっているなど、 一般的なユーザがちょうどよいと感じられることを実践している。デザインもシンプルで、 デスクトップはゴミ箱のアイコンもなくしたというくらいすっきりしている。 ゴミ箱はちゃんと画面下のタスクバーにあるので機能的には変わらないのだが、 ゴミ箱に3Dのアイコンをつけるといった目先のデザインで商業的に成功する必要がないからこそ、 こういうすっきりしたデザインができているのだと思う。

Ubuntuがユーザエクスペリエンスを重視しているのは、開発の中心人物であるマーク・ シャトルワース(Mark Shuttleworth)が考えていたことに源流がある。 南アフリカ出身のシャトルワースの経歴は大変面白く、 インターネットのセキュリティ認証技術の企業Thawteを売却して大きな資金を得た彼は、Linuxの開発に目を向ける。 そして2004年にDebianの開発者を十数名自宅に招いてどのようなオペレーティングシステムが理想的かを議論した。 その結果、使いやすくユーザフレンドリーなデスクトップ用途を充実させることにした。また多言語へのローカライズへの対応と、 ハンディキャップがある人のアクセシビリティにも重点を置く、という目標が立てられた。 シャトルワースの目標に比べてユーザエクスペリエンスという言葉は商業的すぎるように聞こえるかもしれないが、 それでも商業的にこの目標を目指している製品に比べてもUbuntuは十分成功しているといえる。 なお彼は2002年にはロシアの宇宙船ソユーズに民間人宇宙飛行士として搭乗している。 ITで成功した起業家が宇宙に行ったというニュースを記憶しておられる方もいると思うが、その人がシャトルワースである。

Linuxに代表されるオープンソース・ソフトウエア(OSS)は、 多くのプログラム開発者らの作業の集積でできている。一見そこには機能のみで味気のないプログラムしかないようだが、 実はその反対で、OSSには使いやすさについてよく考えられているものが多い。そういうソフトウエアの方が大事にされて、 結果的に生き残っていく世界なのである。例えばOSSの中でも代表的なウェブサーバのApacheは、 わかりやすいコメントがついた設定ファイルを編集するだけですぐ自分の環境に合わせて動かせるようになっている。 またもう20年も使いつづけられているエディタのGNU Emacsは、 オープンソースという言葉ができる以前からソフトウエアの完全無料化を推進している元祖ハッカーのリチャード・ ストールマンが作ったものである。Emacsではマウスを使わずにプログラムやテキストを手早く書き進められるように、 コマンドを操るキーの組み合わせが非常によく考えられている。 こういった合理性に基づくユーザエクスペリエンスは使えば使うほど良さがわかるので、 オープンソースの世界で良いものが広まる原動力になっているのである。

Linux自体も優れたユーザエクスペリエンスを与えるソフトウエアの基盤として、 デスクトップのUbuntu以外にもこれからまだ応用分野が広がるだろう。Linuxを始めたリーナス・ トーバルズは1999年出版のインタビューでこんなことを言っている。「今から15年もたてば、 誰かがこんなことを言うのではないかと思う。Linuxは386のために設計されたが、新しいCPUを使えば、 本当に面白いことを違ったやり方でできる。Linuxみたいな古いOSを使うのはもうよそうと[1]」。 しかしそれから約10年が経っても、今のところLinuxに取って代わるものはまだ出てきていない。 仮にLinuxを越えるものが出てきても、Unix以来引き継がれてきた、 必要なコマンドを自分で組み合わせて使うという究極のカスタマイズの発想が忘れられることはないだろう。

[1] Torvalds, L., The Linux Edge; in Dibona, C., Ockman, S., Stone, M. (eds): Opensources: Voices from the Open Source Revolution, O'Reilly and Associates, Inc. (1999), 倉骨彰(訳):オープンソースソフトウエア

 

図:すっきりしたUbuntuのデスクトップ。サンプルに入っているビデオには、南アフリカのネルソン・ マンデラ元大統領がUbuntuという言葉について語っている場面が納められている。

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