デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.05.13聞くための技術

設計工学の分野で活躍されている福田収一氏(スタンフォード大学コンサルティング教授)は以前から、話すための技術(speak technology)と聞くための技術(listen technology)という対比をされている。speak technologyは話したりプレゼンテーションをしたりすることを助ける技術である。 ソフトウエアでいえばPowerPointに代表されるように、同じ内容でも印象的に伝えることが目的になるので、speak technologyは最終的な見栄えが重視されてくる。

一方のlisten technologyとは、話を聞くことを助ける技術である。 たとえば相づちを打ったりうなづいたりすることは会話を円滑にしてより多くを聞き出すことにつながるので、素朴だが立派なlisten technologyである。そして話の聞き上手な人は相手が意識していないことまで一緒に掘り下げていくことができるので、 話を聞くスキルを増強することはコミュニケーションの中から発見をするために重要なはずである。 しかし話を聞くということが地味な役割のせいか、あるいは話すことよりも本質的に難しいからなのか、speak technologyよりもlisten technologyは未開拓なようである。 実際PowerPointに相当するようなlisten technologyのソフトウエアはまだ登場していない。

福田教授は放送大学で行っている「デザイン工学」の講義で、listen technologyをこれから設計者、 デザイナーに必要な技術と位置づけている。産業が大量生産方式であれば同じ製品が多数の顧客に行きわたるので、 そこから多くのフィードバックを得ることができた。 ところが産業が多品種少量生産を経て個々の顧客へのカスタマイゼーションという究極の一品生産に移行するにつれて、 まだ顧客もイメージできていないものを先取りして聞き出し、具体化する能力が必要になった。そこにlisten technologyの活躍の場がある。

話を聞き出す技術の重要さについては、スタンフォード大学設計研究センターで次のような研究がある。 大学院生のチームが半年間かけて行う設計プロジェクトで、最終的に特許出願など優れた成果を出したチームでは、 ミーティングでの質問が重要な役割を担っていた。チームのミーティングをビデオで記録してそこで起きている会話を分析すると 「なぜこうでなければならないのか?」という根本的な質問が出ることが多く見られたという。 根本的な質問に答えることは一見時間がかかって無駄のようだが、質問を受けて考え直すことがきっかけになり、 よりよい方法が開ける可能性があるということだ。この研究を行ったオズガー・エリス氏は根本的な問いかけを深い質問(deep question)と呼んで、そのような質問を出しやすい状況をチームの中に作ることを推奨している。 深い質問を投げかけることで話を聞き出し、真のニーズや発展的な思考を妨げている暗黙の仮定を取り除くことが目的である。

実は放送大学の講義「デザイン工学」の意図理解の授業で、福田教授はlisten technologyのひとつとしてペルソナデザインを取り上げている。放送大学のテキストを引用させていただくと、「ペルソナは、 生産者内部でのコミュニケーションに役立つだけでなく、顧客と生産者の意思疎通を促進する効果もある」と評価されている。 ペルソナを提示することで、相手が考えていることを引き出すことがlisten technologyとなるのである。

「デザイン工学」の意図理解のテキストで興味深いのは、listen technologyの中でペルソナがスケッチと同列に置かれていることである。スケッチは表現手段なのでspeak technologyでもあるが、それだけではない。 たとえば相手が見ている前でスケッチを描いて意見を引き出すのに役立てることができれば、立派なlisten technologyでもある。このときのポイントは最終的なスケッチでなく、スケッチができる過程を共有していることである。 ペルソナもこの延長上にあって、想定する顧客像を示すというspeak technologyの面とともに、 ペルソナを作っていく過程を共有すると、相手が考えていること、感じていることを理解することができる。 その意味でペルソナはデザインの中にlisten technologyを備えた強力なコミュニケーション手段を持ち込むと期待されるのである。

[1] 福田収一、価値創造学、丸善 (2005).
[2] 福田収一、デザイン工学、放送大学教育振興会 (2008).

図:ペルソナを作る過程で相手の考えを聞き出す(ペルソナワークショップより)

persona