デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.09.10技術を意識させないインタフェース

NTTインターコミュニケーション・センター[ICC](東京・初台)で、ICCキッズ・プログラム「君の身体を変換してみよ展」 が2008年7月12日から8月31日まで開かれた。東京芸術大学大学院映像研究科の佐藤雅彦研究室、桐山孝司研究室、クリエイティブ・ グループのユーフラテスで構想と制作を行った6点の新作と、2007年に制作した「計算の庭」とを加えて、 350平方メートルのギャラリーを一杯に使う展示会となった。各展示物の詳細はICCのサイトで解説があり、 またYoutubeでもDesignChannelで紹介いただいた映像を見ることができるので省略して、 ここでは展示に使われている技術を透明性という観点から説明させていただこうと思う。

まずこの展示会のテーマは、映像を使って身体に新しい能力を与えて、普段気にしていない身体感覚を意識に上らせるということであった。 そのため身体性に集中できるよう、技術を意識させないようにする必要があった。来館者が子どもから同伴の父母、 祖父母世代を含めて広く一般ということからも、技術が障害にならないことは必要条件であった。 一般にインタラクションデザインの指向性として、技術が背後に消えて透明になるようにインタフェースを考えるが、 今回の展示は物理的な空間でそれを目指したものということができる。

例えば「翔べ!小さな自分」という展示では、 両腕で大きく羽ばたくと壁にプロジェクションされている小さな自分のシルエットが6mの天井の高さまで上がっていく。 立ち位置に来た体験者は、最初は壁に映った自分のシルエットしか見えない。ところが腕を動かしてみるとシルエットが浮き上がっていく。 腕を動かしているうちにだんだんリズムがつかめてくるので、 どんどん上がっていったり途中で浮いたまま止まったりすることができるようになる。

この展示では体験者の後方の頭上にビデオカメラがあり、画像処理で人物の輪郭の動きを計測して、 それに応じてシルエットが上に加速したり下に重力で落ちて行ったりするようになっている。 ただし通常の照明では輪郭抽出に十分なコントラストが得られないため、 人の目には見えないがカメラではとらえることのできる赤外線を照射して、シルエットがくっきり際立つようにしている。 このように赤外線の照明を工夫することによって、何もないように見える空間から入力を得ているのである。

「点にんげん 線にんげん」という展示でも、人間の目には見えない赤外線が重要な役割を果たしている。 体験者が10個のマーカーをつけて舞台に立つと、身体が10個の点だけになってスクリーンに表示される。 自分が動くと10個の点も動くのだが、点をつないでできる図形が変わったり、 急に自分の点が犬の身体の配置になって歩いて行ってしまったりと、いろいろな場面が展開していく。

この展示ではカメラがスクリーン上方の、体験者を斜め上から見下ろす位置にある。 レンズの外周には赤外線LEDがリング状に配置されていて、そこから出た赤外線がマーカーにあたって戻ってくる光をとらえている。 マーカーを体験者に取りつける作業では技術が露呈してしまうが、子どもにとっては特別な装備をつけることが楽しいようである。 また舞台に立つと身体の動きが直接スクリーンに出るので、いろいろな動きをしてみることに集中するようになる。

この展示では画像からマーカーの位置情報だけを取り出すことで処理が軽くなり、身体の動きと映像との時間遅れがなくなっている。 少数の動く点を見るだけでそれが生物だとわかることはバイオロジカルモーションという研究で知られているが、 この展示ではその能力を利用して入力を最小限にし、リアルタイム性を確保しているといえる。

もう一つ技術を意識させない例として「21世紀如意棒」がある。これは長さ130cmの木の棒を使った展示で、 この棒を水平に持って穴から箱のなかに入れていくと、プロジェクタ画面に柔らかいロープや分断された棒が出てくる。 つまり手で持っている一本のまっすぐな棒が、画面の中では同じ長さだが別のものに置き換わっているというわけだ。 棒を引き抜いていくとロープや分断された棒もそれに応じて短くなっていくので、 体験者は手に持っている棒とプロジェクタ画面の棒が対応していることがわかる。

この展示は計4つの箱があり、それぞれ違う画面が出るようになっている。この展示で遊んでいる子供を見ると、 棒を入れるときは箱の穴を見ているが、画面が出始めると目が画面に固定されて手の感覚で棒を入れたり出したりしている。 つまり身体の動きと映像とが直接対応する状態になっているのである。棒は単純な形ですぐに身体の延長になるため、 それらが介在していることを意識することなく、棒と映像の関係だけに集中できるのである。逆に箱の側では、 棒がスリップして画面との対応関係がとれなくなったりしないように、常に正確に棒の移動距離を測らなければならない。 そのためローラーがバネで棒に押し付けられて回転し、その角度をロータリーエンコーダというセンサーで正確に読んでいる。 このようなしくみが箱にあるため、仮に棒がガタついたりしても棒の動きと画面が常に一致していて、 途中に介在する装置を意識させないようになっているのである。

一緒に展示を監修した佐藤雅彦氏は、もともと「身体を変換する」という目に見える変化だけでなく「身体の気持ち」 という内的な変化を前面に出したタイトルも考えていた。そうであればより内面に集中できるように、空間的にも十分な広さの閉じた場所があり、 技術的にも空間と完全に一体化してまったく背後の技術を意識させないものが必要だったであろう。 今回のようなメディアアートの展示は一つ特別なものを作る機会だが、インタフェースの透明性という観点で展示を見ると、 そこから一般化できることが多く含まれていると思う。

 

1_ICC_nyoibo_projector

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2_ICC_nyoibo_device

 

 

 

 

 

 

 

 

図:21世紀如意棒の展示と、棒の移動距離を測定するユニット