デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2009.07.10社会性を持ちながら没入できるメディア

最近は博物館などでも、ビデオカメラやプロジェクタなどメディアを使ったインタラクティブな体験ができる空間が多くなった。体験型であれば子どもでも面白さに誘導されて自然に参加できるのが大きなメリットである。以前は博物館などのコンピュータを使った展示では、台の中に作り込まれたディスプレイを見ながらマウスでクリックすると画面内容が変わっていくキオスク型のものが多かった。こういった展示は一人で解説を読んだり写真やビデオを見たりする形で関わることになるので、家族や知人と一緒に見に来ることの良さが半減してしまう。また子どもはもちろん誰にとっても、公共の空間でじっと立ち止まって画面を読むことには義務感が伴ってしまう。

ただ展示のデザインを考えると、キオスク型であれば情報の見つけやすい画面構成にしたりタッチパネルを使いやすくするなど、従来的なユーザビリティを設計指針にすることができた。これはユーザビリティという指針がもともとスタンドアローンのコンピュータに一人でじっと向き合う状況での評価方法として出てきたからである。それに対して公共空間でのインタラクティブな体験では、ユーザビリティに代わるような設計指針はできるだろうか。それに関してスコット・スニッブらが最近興味深い論文を発表している。

スニッブはビデオやプロジェクタを使った作品を各地の博物館や美術館で発表しているメディアアーティストである。スニッブらが以前にNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で展示した「Boundary Functions」では、何人かがフロアに立つと、隣り合う人同士のちょうど真ん中を通るように線が引かれる。各人の周りには隣の人との境界線で囲まれた細胞のような領域ができる。領域は人の位置に合わせて常に更新され、人がフロアに入ってくるとその人の周りに新しい領域ができる。

彼らはこのような展示を作ることで得られたインタラクティブな展示の設計指針を「社会性を持ちながら没入できるメディア」として示している。ここで社会性を持つとは、一緒に来た人たちや偶然居合わせた他人と体験を共有できることである。新しい人が入ってきてもボロノイ図の領域が増えるように、人が増えても展示が受け入れてそれだけ密度の濃い体験を提供できることが目標である。

「Boundary Functions」の領域分割は計算幾何学ではボロノイ図と呼ばれる一つのテーマだが、スニッブの展示では数学的に高度なことをしているとは意識させない。鑑賞者はリアルタイムに境界線が動く面白さに引かれてフロアに踏み込む。同じように「没入できるメディア」とは身体を使って体験できて、面白さが直接身体で感じられるようなメディアの使い方である。その状態を作り出すためには人間の動きに対してメディアから即座に反応がなければならないし、水面の波紋を眺めていて見飽きないように連続的で無限のバリエーションがある変化を見せることが有効だとしている。

スニッブらはさらに個々の展示でのインタラクションの展開のしかたをパターンに分類している。「Boundary Functions」は実験的なナラティブであり、鑑賞者は境界が変わる様子を身体を動かして試してみようと展示に関わってくる。壁の前でポーズを作るとその様子がシルエットで再生される「Deep Wall」は自分で始まりと終わりを作って演技するパフォーマンスのナラティブ、シャワーを浴びていると自分の身体が水滴や分子の大きさに小さくなっていく「Three Drops」は段階的に話が進んでいくエピソードに分かれたナラティブである。ここで面白いのは、彼らがパターンを言い表すのにナラティブ(語り)という映画の言葉を援用していることである。映画は時間軸に沿ってストーリーを展開するメディアとしてすでに歴史を持っており、楽しさや怖さなどエモーショナルな変化を観客に起こす技法を蓄積している。映画での知見はコンピュータメディアにおいても、時間軸を通して何かを伝えるときに参考にされていくだろう。

公共空間の展示で明らかなように、ユーザビリティのような単独のユーザを中心に考える設計指針は体験を作り出す上で十分ではなくなっている。スニッブらがそれに代わるものとして社会性という指針を提示していることは納得できるし、実際に社会性のある展示を体験するパターンを映画のナラティブとの対比で分類していることも興味深い。社会性以外にも、鑑賞者に新しい気持ちを起こさせるような体験をデザインするためにはまた違った指針があり得るだろう。展示空間をはじめ、いろいろな分野で実験的に見つかってくるであろう体験のデザインの指針を意識しておきたい。

Scott S. Snibbe, Hayes S. Raffle, "Social Immersive Media: Pursuing Best Practices for Multi-user Interactive Camera/Projector Exhibits", in Proceedings of the 27th international conference on Human factors in computing systems (CHI2009), pp.1447-1456, (2009)

フロアに立っている人と人のちょうど中間に境界線が引かれる。人が加わればそれだけ領域が増えるので、いつでも新しく人が参加できる
(Boundary Functions, Scott Snibbe, 1998)