デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2009.08.07布に織り込むユーザインタフェース

この7月にサンディエゴでHCI Internationalという学会に参加する機会があった。これは各国のHCI (Human-Computer Interaction)の学会が連合したもので、11のセッションが3日間並行して行われる大規模なものであった。セッション名を見るとエルゴノミクス、医療、情報マネジメント、認知科学、ユニバーサルアクセス、バーチャル/ミックスリアリティ、グローバル化、オンラインコミュニティ、デジタルヒューマンモデリング、人間中心デザインなど、多様な分野がテーマになっている。その中で特に今回興味深かったものとして、布を使ったインタフェースの研究を紹介したい。

衣服は身体に密着しているため、身体情報を受け取るセンサを埋め込むことができると、人間活動のモニタリングに都合が良い。たとえば継続的に健康管理をしたり、スポーツトレーニングなどでデータ収集に役立てることができる。布に導電性の繊維を織り込む研究は以前から行われており、コーティング等を工夫することですでに安全に電気を通したりデータを送ったりできるようになっている。その上でどのような人間とのインタフェースを作れるかが現在関心の持たれているところである。

韓国の延世大学スマートウエア研究センターのGilsoo Cho教授らは、細いステンレスの導線をポリマーと一緒に編んで、洋服の飾りに使うような縄編みの帯を作っている。この帯を引っ張って伸ばすとステンレスの導線同士が密着して電気抵抗が少なくなり、離すとポリマーの弾性でもとに戻る。そのため肘などにこの素材をつけておくと、どれだけ伸びたかで身体の動きがわかるのである。Cho教授らのグループはこのセンサをスポーツのフォームの改良、高齢者の運動の促進、日常的な体調のモニタリングなどに応用しようとしている。

実際に同グループはスポーツウエアにこのセンサをつけて、歩いたり走ったりしたときの関節の動きを測定している。結果を見ると、加速度センサで測るよりも、身体の各部分の関節や筋肉の動きに対応したデータがとれているようである。この他にもCho教授らのグループは、洗濯したりこすったりしたときに導電性が損なわれないかを調べたりしている。ステンレスの導線をコーティングしたものをポリマーの生地に編み込んで使うと、普通に洗濯しても電気的な特性は劣化しないが、こするとポリマーの生地の方がだんだんほつれてくるので編み方に工夫がいるということである。こういった具体的な使用状況での検証は地味だが必要なことであり、同研究所のスマートウエア実用化への意気込みが感じられる。

東京大学先端科学技術研究センターの上岡玲子特任助教と大学院情報理工学系研究科の廣瀬通孝教授らは、RFIDテキスタイルを使って人間の動きを検出している。RFIDタグは1mm角ほどのICチップに柔軟なフィルム状のアンテナをつけたもので、布の柔らかさを損なわずにタグを一定の間隔で織り込むことができる。一つの応用として、カーペットにタグを織り込んでRFIDリーダを組み込んだ靴で歩くと、カーペット上のどこにいるか知ることができる。しかもカーペットは動かすことができるので、目的の部屋や廊下に広げれば、その場所での位置を検出できるようになる。また上岡氏らは別の応用として、RFIDテキスタイルでシャツも作っている。そのシャツを着てRFIDリーダが組み込まれた机の表面などに触れると、身体のどの部分が触れているのかタグのIDでわかり、人間がどんな姿勢を取っているのか検出できるのである。

実はこの技術を実現する上では、多数のRFIDタグが布のどの位置についているかをあらかじめ正確に測っておかなければならない。しかし人手ではカーペットのような長い布を調べるのに何十時間もかかってしまう。上岡氏によると、測定の自動化のために検反機というもともと布を検査する機械を改造して、ローラーから布を送りながら幅方向に一列に並んだリーダーを通してタグのIDと位置を読み取っているのだそうである。新しいインタフェースを素材レベルから作るためには、ソフトウエアだけでなくこのような製造技術の開発も必要とされているのである。

情報のセンシングだけでなく、布を情報ディスプレイにする方法も研究されている。慶応大学湘南藤沢キャンパスの脇田玲准教授らは、fabcellという温度によって色の変わる布を作っている。繊維に導線を織り込んだ布にコレステリック液晶という電子ペーパーに使われる材料をコーティングし、導線に電気を通すことで温度をコントロールして色を変える。脇田氏らが論じているように、この方法を使うと通常の液晶ディスプレイのように光るのではなく、インクのように色で情報を伝えることができる。そのためちょうどカーテンやソファの布のように人間に近い場所にあってひっそりと雰囲気を作り出すような、アンビエントな情報提示に適したディスプレイを作れる可能性がある。

今回、布に織り込むインタフェースの発表を聞いて感じたことは、日本や韓国での研究が活発なことであった。技術的な水準の高さももちろんであるが、人間が直接接するセンサやディスプレイについての関心が高く、アイディアも感覚的に優れているところが多いように思う。今後アジア圏がリードするユーザインタフェース技術として注目しておきたい分野である。

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photo: Masaharu Hatta

RFIDテキスタイルに織り込むヤーン。
白く帯状に見えるものが一つひとつのRFIDタグ。