デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2009.09.10ミラーニューロン

相手を見るだけで感情や動作の意図がわかるのは、人間の優れた能力の一つである。目の前に座っている人がコーヒーカップに手を伸ばすのを見ると、コーヒーを飲むという意図を読み取ることができる。そしてコーヒーを口に入れたとたんに苦い表情をしたのを見れば、自分のことのように苦い味がわかる。特に複雑に考えなくても、相手を見るだけで自然に動作の意図や感情の表現を読み取ることができるのである。

この推察する能力には、ミラーニューロンが関わっていると考えられている。ミラーニューロンは、見ている相手が動いたときに、あたかも自分の身体を動かしたように活性化するニューロンである。ミラーニューロンは20年ほど前にイタリアのパルマ大学のリゾラッティ教授らのチームが発見した。彼らはサルの一種のマカクの脳に電極をつけて物を掴む行為と運動前野(F5)の関係を観察していたのだが、偶然に実験者が何かに手を伸ばしたときにそれを見ていたマカクの脳にも反応が起きたのである。

それまで運動前野は手や指など身体を動かす指令を出す部分と思われていたので、身体を動かしていないのに見るだけで反応したのは予想外だった。その後詳しく調べていくと、何かを掴む動作に強く反応するニューロンや、指先でつまむ動作に反応するニューロンがあることがわかった。動作の種類ごとに違うニューロンが反応することから、ミラーニューロンは動作をまねるだけでなく、意図を読み取るのにも役立っていると考えられる。

ミラーニューロンが人間にもあることは、fMRIを使った観察で確かめられている。人間の場合には言語をつかさどるブローカ野にミラーニューロンがあり、ここはマカクの脳のF5に対応している。そのことから、人間の言語はミラーニューロンによって相手の身振りや声を真似することから始まり、次第に複雑なやり取りをするようになったと推測されている。面白いことに、マカクのミラーニューロンは食べ物を口に運ぶように何か目的物がないと発火しない。しかし人間の場合は目的物がなくても、手を振ったりするのを見ただけで活性化されるニューロンがある。これは言語と平行してミラーニューロンも進化し、言葉と同じように抽象的な動作を認識できるようになったのではないかと考えられている。

我々が意識的に考えなくても他人の表情や意図を読み取っているということは、人に注目していると自然にその人の意図や感情と一体化してしまうということでもある。たとえばUCLAのイアコボーニ教授らは、買い物をしている人の写真を被験者に見せる実験を行なっている。写真の右下にクレジットカードのロゴを入れると、カードを使っている人はミラーニューロンの活動が高くなったが、カードを使っていない人はミラーニューロンの活動に差がなかった。このことから、カード所有者はロゴを見て写真の人物に関心を持ち、何をしているのか読み取ろうとしたと考えられる。

また彼らの別の実験では、複数の広告を見せた後にどれが良かったかを被験者に尋ねている。言葉でははっきりと好き嫌いが返ってくるのだが、ミラーニューロンを見ると言葉で答えた好みとは違う広告に対して活動が高まっていることがあった。これは意識的な言葉の説明とは別に、無意識に関心が向いている広告があったことを示している。

人が出ることで注目を集めたり、表情でニュアンスを伝えたりすることは広告では当然のように行なわれているが、そこで実践されてきたことにようやく科学的な理解が追いついて来た。これはfMRIで脳の局所的な活動を見られるようになってから、それまで手さぐり状態だった人間の脳機能の解明が大きく進んだおかげである。もちろんfMRIも万能ではなく、狭い空間の中で頭をじっと固定しておかなければならず、神経の活性化から変化を検出できるまでに時間遅れがあるので瞬間的な現象の観察にも向かない。それでもfMRIを使ってミラーニューロンの存在が確認されたことで、脳の機能は細かく分化しているという従来的な見方から、認知系と運動系が密接に連携しているという新しい見方に変わったことのインパクトは大きい。

現状ではまだ広告のような実践を神経科学が後追いしている段階だが、そのうちに科学の知見が応用できるようになるかもしれない。今後しばらくは地道な研究が続くであろうが、その中でどんな実験結果が出てくるか常に気にかけておきたい。


[1] ジャコモ・リゾラッティ、コラド・シニガリア、ミラーニューロン、紀伊国屋書店 (2009)
[2] マルコ・イアコボーニ、ミラーニューロンの発見、ハヤカワ新書 (2009)


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ヒトとマカクのミラーニューロン([2]参照)