デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2009.12.14個人を認証するインタフェース

ここ5年ほどの間に、生体認証が着実に日常生活に関わるようになった。ATMでは手のひらや指先の静脈パタンを使った認証が一般化しており、パソコンにログインしたり携帯電話を保護したりするために指紋認証を使うことも普通になっている。しかし一方で、これだけ生体認証が一般的になった今でも、まだユーザとしてはどこかよく分かっていない感じが残っているように思われる。

生体認証に分からなさを感じる理由の一つは、生体情報自体が身近にありながら直感的でないことだろう。一般に生体認証とは、身体あるいは行動の特徴を利用して自動的に個人を認識することである。身体的な特徴としては指紋、血管、顔、虹彩などがあり、手の形や耳の形なども使えると言われている。行動の特徴としては声紋や筆跡などがよく知られており、歩き方のくせやパソコンのキーストロークの特徴を利用する方法も研究されている。

このように生体認証の方法はいろいろ開発されているが、その中で普段我々が人を見分けるのに使っているのは、せいぜい顔と声、筆跡くらいであろう。それも自分の声や筆跡などは他人の方が確実に見分けてくれることすらある。それほど我々は普段は生体認証に使われる特徴を意識しておらず、しかも自分自身の特徴となるといっそう曖昧になってしまうのである。もともと人間も動物のように匂いや身振りでお互いに個体識別をしていたのかもしれないが、そういった能力も言葉が優位になった今ではあまり残っていないようである。

しかも生体認証では目で見えない特徴も利用するので、そういった場合はさらになじみが薄くなる。たとえば皮膚の下にある静脈パタンは可視光ではほとんど見えない。そのためスキャナで撮影するときには近赤外線を使って、血液中のヘモグロビンが赤外線を吸収して血管が黒く写るようにしている。その画像を見ると、皮膚の下にこんなに血管があるのかと驚くほどである。やはり生体認証の分からなさは、一つには自分の身体について意外と知らないということからきているようである。

生体認証のもう一つの分からなさは、認証ということにもある。生体認証の基礎は、画像や音声がどれだけ登録したものに近いかを調べるパタンマッチングである。ただセンサからの入力は毎回少しずつ条件が違うので、単純に画像を比較するだけでは一致するかどうか分からない。そのためたとえば指紋認証では、指紋の中から特徴点を抽出して、その位置関係や間にある線の本数のデータを使って一致するかどうかを調べている。生体はパスワードのように取り替えがきかないので、登録されているデータ(テンプレート)が盗まれると困ったことになる。そのため認証の際にはテンプレートがそのままの形でサーバから出ないように、一度変換した形でマッチングをしている。こういったしくみがパスワードと同じくらい分かりやすくなるように、本来は学校などでセキュリティについて教わる機会が必要だろう。しかし現状ではユーザが自分で納得するしかないのである。

さらに認証には監視という不安もつきまとう。指紋のように積極的にスキャナに指をあてるならばまだ認証されているという感じを持てるが、顔などは監視カメラを通して非積極的に認証されることもありえる。非積極的に認証されることを防ぐのは難しいので、公共の場では犯罪や危険を防ぐ代わりに監視される場合があることを認める一種の割り切りも必要になるだろう。

ちょうど10年前、1999年11月の情報処理学会誌の特集が「ここまできたバイオメトリクスによる本人認証システム」で、そのときに出そろっていた技術が今10年かけて社会に普及している。昨年の生体認証の国内市場規模は約200億円とのことで、10年前の10倍以上になっている。それと同時に10倍に広がった社会基盤は漠然とした分からなさも増産している。デザインから見た生体認証の課題は、生体に関心を持つ機会を増やすとともに、学校をはじめ公的な場所で現代社会のセキュリティについて知らせる取り組みを増やすことだろう。自分が移動してもシステムが行く先々で自分の顔を認識して同じ名前で呼びかけるような演出も、非積極認証のメリットを知らせる上でおもしろいだろう。生体認証は人間の意識の変化を伴うデザインが必要であり、長期的に大変興味深い課題であるといえる。


fingerprint.png


図:指紋認証では、指紋の画像から分岐や端点などの特徴点を抽出している。