デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

m.c.t.ホーム > エクスペリエンスマガジン > デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司 > 世界ファブラボ会議

2014.01.31世界ファブラボ会議

2013年8月に横浜で第9回世界ファブラボ会議が開かれた。ファブラボ(FabLab)はMITビッツ・アンド・アトムズ・センターのニール・ガーシェンフェルド所長が中心となって推進している、市民レベルのものづくりのネットワークである。会議では、ガーシェンフェルド氏や慶應義塾大学SFCソーシャルファブリケーションラボ代表の田中浩也氏ら10人のスピーカーがそれぞれの活動を紹介した。また2年間にわたり各地のファブラボを訪ね歩いたノルウェーのイェンス・ディヴィク氏が、その記録をドキュメンタリー映画として上映した。映画ではファブラボ鎌倉で開発されたスリッパの作り方がケニアに渡り、そこで現地の材料を使ったサンダルとして再生するという、ファブラボらしいエピソードが紹介された。

かつてレーザープリンタが個人のデスクトップ・パブリッシングを可能にしたように、いまレーザーカッターや3Dプリンタなどのパーソナル・ファブリケーションがものづくりを新しくしている。ただ、そのような機械はまだ個人で揃えられるほどには安くなく、何よりも情報交換をする人がいないと作るものが広がらない。そこで制作環境を備えた拠点を各地に作り、そこを中心にデータやノウハウの共有を含めた人的ネットワークを形成するというのが、ガーシェンフェルド氏が10年前から主張している構想である。ファブラボは現在世界に50カ所以上あり、国内でも鎌倉、筑波、渋谷、北加賀屋(大阪)、仙台、関内(横浜)にできている。

世界ファブラボ会議のシンポジウムは500人のホールが満席になるほどの盛況だったが、その関心の高さはどこから来るのだろうか。これはパーソナル・ファブリケーションという技術革新もだが、やはり作ることへの動機が人にあるからだと思える。もともと電子工作や機械いじりが好きな人は多いが、そういう趣味の世界を除いても、自分で作ったインテリアや自分で用意した食事のように、単純に自分の手が加わっているというだけで出来たモノに特別な価値があるように思える経験はだれにでもある。ハーバード大学ビジネススクールのマイケル・ノートン准教授らはこの現象を「イケア効果」(IKEA effect)と呼んでいる。

ノートンらは実験で、自分で作った物にイケア効果が現れることを示している。彼らは男女52人を2つのグループに分け、一方には未完成のイケアの黒い箱を渡して自分で組み立てるように指示し、もう一方には完成品を渡して観察だけをさせた。その後、自分の箱をいくらで買い取りたいかを尋ねると、組み立てたグループは平均0.78ドルで、完成品を見ただけのグループの平均0.48ドルよりも63%高い値段をつけた。折り紙を使った別の実験では、男女106人を3つのグループに分け、第1のグループには詳しい折り方の説明を渡して、作った後で自分で買い取りたい値段をつけさせた。第2のグループは自分で作らず、自作グループが作った折り紙に値段をつけさせた。第3のグループはエキスパートが作った出来のよいものに値段をつけさせた。その結果、第1の自作グループがつけた値段は平均0.23ドルで、第2の自作しないグループがつけた値段の0.05ドルよりもずっと高く、第3のエキスパートの作品に値段をつけたグループの平均0.27ドルに迫る評価だった。これらの実験から、イケアの箱のようなカスタマイズする余地のないものや、折り紙のような実用的でないものであっても、自分で手をかけたものは高く評価する傾向がはっきりあるとしている。

イケア効果の実験にはもう一つ面白い後半部分がある。それは自分で作ったものが完成したかどうかで評価が変わることである。男女39人に対してイケアの箱を組み立てる作業をさせるとき、完成させるグループと、完成の2ステップ手前で未完成のままやめさせるグループを作った。未完成であっても残りの部品はあるので、持って帰れば家で完成させることはできる。そして自分の箱をいくらで買い取りたいかを尋ねると、完成させたグループは平均1.46ドルだったのに対して、未完成でやめたグループは0.59ドルと、明らかに完成グループの方が高い評価をした。おそらく完成までやるということで、自分の中で振り返ってみる気持ちの余裕ができて、愛着のあるものとして眺められるようになるのだと思う。

パーソナル・ファブリケーションは大量生産から個別生産への移行を促すとされている。その構造的な変化を駆動する大きな要因は、自分が手を加えることで新たな価値が加わると感じることにある。これは主観的な価値なので、絶対的な技術の高さに価値を求めてきたこれまでの製造業とはどうしても違ってくるのだが、むしろ主観的な評価でも高ければよいと認めることが新しい市場を開拓することになるだろう。そのときノートンらが指摘したように、完成させることが主観的に高い評価につながる。パーソナル・ファブリケーションという技術によって作ることの敷居は低くなるが、完成までの道筋を教えてもらったり、そもそも何を作れば完成させられるかをアドバイスするには、やはり他人の知恵が必要である。ファブラボの人的ネットワークにより、作ることから派生して新しい価値の見い出し方が広まることを期待したい。

Michael I. Norton, Daniel Mochon, Dan Ariely, The IKEA effect: When labor leads to love, Journal of Consumer Psychology, Volume 22, Issue 3, pp.453-460, (2012)

Gershenfeld_2.jpg

slipper_2.jpg

MITビッツ・アンド・アトムズ・センターのニール・ガーシェンフェルド所長と、ファブラボ鎌倉から生まれて世界各地で使われたスリッパのデザイン。