デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2011.02.19リアルタイムで作り出す体験

この2月に東京芸術大学で上演されたオペラ「遣唐使」で、映像を制作した関係で準備から上演までを真近に見る機会があった。今回のオペラは邦楽や能を取り入れたり、薬師寺から招いた7人の僧が舞台でお経を唱えるなど、かなり複合的な形態であった。その中で映像も機能しなければならなかったのであるが、幸い舞台美術を監督した宮廻正明教授の柔軟な発想に導かれて、複合要素の一つとして貢献できるものになったかと思う。

今回はもともと、オペラの中で立体的な映像を見せたいということから始まったのだが、最終的にはスーパーオーガンザという半透明の絹のような布で作ったスクリーンを4枚吊り下げ、そこに正面と両脇から3台のプロジェクターで映像を投影した。幅20m、高さ7mほどのスクリーン4枚が舞台上方に並び、正面から見ると奥行きのある画面に映像が浮かんでいるように見える。両脇のプロジェクターを奥の2面に向けることで、前面に出ている映像の背景を後面に出したり、同じモチーフの映像が前面と後面の間を行き来するなど、奥行き感を利用できる配置にした。

今回、オペラを裏方で見て感じたのは、リアルタイムのパフォーマンスを組み立てる手法には見習う点が多いということであった。音響、照明、映像から舞台装置の出し入れを介錯(かいしゃく)する担当まで、すべてが観客のリアルタイムの体験づくりのために動いている。そして、面白いのはその中に、あらかじめ手順を決められるという意味でプログラムできる部分と、人手に頼るところがあることである。

たとえば、映像は素材を出して行く順序の打合せを何度もへた上で、コンピュータにセットしてある。しかし、実際にどのタイミングでフェードインしていくかというようなニュアンスの部分は、直前のゲネプロ(初日公演や演奏会の間近に舞台上で行う最後の全体リハーサル)での修正も反映しながら、最終的にその場で人が判断する。照明も同じで、舞台に飾りを入れた段階で演者の位置に人が立ち、何十パターンもの細かい設定を作り込んでいる。実際の進行ではキュー(出来事の始まりを喚起する合図)に従って、何番の設定というように呼び出すわけである。ここでも微妙なタイミングは、実際の動きに合わせて人が調整している。照明も映像も、プログラムされているようでいて自動化ではなく、いつでも人手で調整できる形にしておくことによって、自然なタイミングを作り出しているのである。

オペラの場合、複雑な要素を統率する基幹はオーケストラの指揮である。しかし、実は指揮者自身にも心理があり、初演の日は緊張感が高まって指揮が早くなったり、逆に2日目は余裕があってゆったり目の指揮になったりすることがあるそうだ。かといって2日目は気を抜いているというわけではなく、むしろ裏方では各担当者が初日を終わらせて余裕を得た分、反省点を直して2日目にはさらに良いものにしている。その分、舞台は自然に流れているように見えるはずで、自然に見えるほど準備に多くの手がかかっていると言ってもよさそうである。

現在、いろいろなサービスにおいてユーザ体験の重要さが指摘されているが、裏を返せば常にサービスには自動化、ルーチン化することの難しさがあるといえる。あらかじめ順序を決めて動かして行くプログラムを準備しながら、実行の面でいつでも人手でタイミングを調整できるような余裕の作り込みが必要ということであろう。オペラでいえば音楽、照明、映像、舞台装置などをまとめることはどれだけシミュレーションしていても時間的、予算的にオーバーしてしまいがちな作業であるが、一度観ただけで何年も忘れないほど強い体験にするために必要なプロセスである。そして、1日目よりも2日目の方が内容が良くなるためには、各担当が経験を反映させることのできる余裕が必要である。良い経験を提供するという事には、プログラムとともに演じる人の余裕の作り込みが必要であり、そこにリアルタイムで演出を調整していくオペラのような舞台から学ぶことがありそうである。

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映像の上演のためのモニタと舞台の様子。