デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2011.03.25プライドを共有する表現

最近、1948年頃の古い映画をいくつか詳しく見る機会があった。一つは「赤い河」という西部劇で、主人公がカウボーイらとともにテキサスから鉄道のあるミズーリまでの長大な距離を牛の大群を率いて売りに行く。だが途中数々の困難に会ったカウボーイらは強引に統率しようとする主人公から気持ちが離れ、とうとう主人公は後に置いて行かれるはめになり、彼の養子が新しいリーダーとして鉄道への近道を目指す。近道は成功して見事に牛は売れたが、追いついた主人公は気持ちがおさまらず養子と闘うことになってしまう、という筋である。

この映画には、主人公を演じるジョン・ウェインはじめ、養子役のモンゴメリ・クリフトや他のカウボーイらが西部劇らしくプライドのある表情で映っているショットがある。長距離の移動に出発する時、困難の果てに鉄道のある町に行き着いた時、主人公と養子がけんかの末に和解した時など、晴れ晴れとした表情が気持ちよい。この映画は1948年の全米興行成績ナンバー3になったが、荒野で活躍するカウボーイのプライドと力強い音楽が相まって、見る側まで何かを成したような気持ちが共有できるのが人気が出た理由ではないかと思う。

実は感情に関する心理学で、最近プライドが関心を持たれている。喜び、悲しみ、恐怖などの基本的な感情は反射的に生じてそのまま表情にも出る。それに対してプライドは意識的に表現される感情で、わずかに微笑むような顔で頭を後ろに反らし、胸を張って、手を腰に当てたり頭上高く振り上げたりする動作を伴う。このような意識的な感情の表現は文化によらず共通なのか、プライドという複雑な感情はどのような進化を経て育って来たのか、そもそもプライドという感情は一種類なのか、などが関心のもたれているところである。

カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のジェシカ・トレーシー教授らは、アフリカの未開の民族に西洋人や他のアフリカ人の誇らしい態度の写真を見せる調査を行った[1]。そして彼らが写真の人物の表情やしぐさを正しく認識したことから、確かにプライドの表現は文化によらず共通性があるとしている。またトレーシーの共同研究者のディビッド・マツモト氏がオリンピックとパラリンピックで柔道選手が勝ったときの動作を分析したところ、国籍によらず、また目が不自由かどうかにもよらず、勝者は共通して両手を挙げる動作をした。このことからもプライドという意識的な感情表現には、文化を超えた共通性があることがわかる。

何かを成し遂げたときには純粋なプライドが感じられるものであるが、一方でプライドが高いという言葉には周囲が敬遠するような傲慢さのニュアンスも含まれている。ではプライドという言葉で、純粋な達成感と傲慢さを同じ一つの感情として扱って良いのだろうか。トレーシーらは聞き取り調査の結果から、練習したから勝てたなど自分で制御できる理由があるときは純正な達成感、自分はいつも優れているなど制御できない理由の時には傲慢さになるとした。面白いことに純正なプライドなのか傲慢なのかの分かれ道は、実際に何をしたかではなく、自分でどう自己評価しているかで決まるということである。

チンパンジーなど人間以外の霊長類も身体を大きく見せるような行動をすることから、プライドの表現には生物的な起源があると推測される。進化論のダーウィンは感情の研究の先駆者でもあるが、彼も「感情の表現」という本で人間のプライドの表現とクジャクなど動物の誇示との共通点に言及している。さらに発達過程の観察によれば、基本的な感情はすでに生後9カ月で分かるようになるが、プライドの表情が読みとれるのは4歳からで、この感情は社会生活によって強化されるようである。トレーシーらは、人に役立つことを奨励するよう、社会がプライドという感情を通して報酬を与えていると考えている。同時にプライドの表情の中にわずかに微笑みがあるのも、勝者が総てを占めてしまうのではなく、あくまで友人であることを示す態度の反映だという。

「赤い河」と同じ1948年に日本で人気の映画は、キネマ旬報ベストテンの投票で一位だった黒澤明の「酔いどれ天使」である。これは貧しくも信念のある町医者が、結核ですてばちになったヤクザを救おうとして結局助けられないという物悲しい雰囲気の映画である。しかし町医者役の志村喬はいつも胸を張って歩いており、観る側にプライドを持った真っ正直な人間の印象を与える。「赤い河」と同様に60年前のヒット作品でもいまだに飽きられない理由の一つは、プライドのある姿を見て自分も共感したいからではないだろうか。映画のように心理を描くためのメディアをそのままデザインに重ねることはできないが、人がプライドを持てるということには、長く使われるデザインを考えるときの一つの入口がありそうである。

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「赤い河」のミズーリへの長距離移動への出発の時と、「酔いどれ天使」のヤクザは救えなかったがもう一人の結核患者を治して学校を卒業させた時で、プライドで胸を張っている。

[1] Tracy, J.L., Robins, R.W., "The Nature of Pride", in Tracy, J.L., Robins, R.W., Tangney, J.P. (eds.), The Self-Conscious Emotions: Theory and Research, The Guilford Press (2007).