デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2011.07.22「ほどよい難しさ」という軸

最近、暗号について解説する機会があった。まず最初に簡単な暗号を手作業で解読しながら、順を追って解説を加えようと暗号文の題材を配ったのだが、手順の説明を聞いた途端に参加者それぞれが解読作業に没頭してしまい、順を追った解説など必要なくなってしまった。題材として配ったのは古くからある換字式(かえじしき)暗号で、例えば「the door into summer」という文のアルファベットをa→G、b→S、c→F、d→N、e→Mなどの一定の対応で置き換えると「DQM NYYB RXDY CEWWMB」という暗号になる。

このような置き換えをしても、もとの文のアルファベットの出現頻度は暗号に置き換えられたアルファベットにも引き継がれてしまうので、換字式暗号にはアルファベットの出現頻度という解読の手がかりがある。また、英文ならばtheやandのような単語がよく出てくるなど言語特有の法則があり、そういった条件で絞り込んで行くと、次第に暗号をもとのアルファベットで置き換えて行くことができる。ちょうどクロスワードパズルや数独などで穴を埋めていく感覚である。

結果的に最初に配った換字式暗号は、人が熱中してやりたくなるような、ほどよい難しさの問題だったようである。もしこれが現代の実用的な暗号だと、作成にも復元にも多大な計算が必要で、とても手作業では解読できない。仮に暗号の強度を極端に弱くしても、コンピュータを使ってしらみつぶしに探索するようになるので、換字式暗号のように少しずつ手作業で解読する形とは違ってくる。人を熱中させるには、ほどよいレベルであるとともに、少しずつ全体像が見えてくるようなプロセスも必要なようである。

ほどよい難しさは、暗号やパズル、ゲーム以外にもある。映画は省略の美学だという人もいるように、映画を観ている人はショットの間の省略された部分を頭の中で補ってストーリーについていこうとする。たとえば、SF映画で古典的な「2001年宇宙の旅」では、人類の祖先があるとき骨を道具として使うことを覚えるのだが、その発見に興奮して骨を空中に放り上げると、次の瞬間には骨と同じポジションに宇宙船が浮んでいる。観ている人はその視覚的な転換に感嘆しつつ、頭の中ではその間の数百万年の進化を補い、さらにストーリーの続きへと引き込まれるのである。もし省略されすぎていると観客はついていけなくなり、逆に省略がなさすぎると延々と変化がないものになってしまうので、映画の編集もほどよい難しさを残す必要があるといえる。

面白いことに、ほどよい難しさは正解が分からない問題にも潜んでいる。たとえば、モナリザの絵がなぜ不思議な微笑みをたたえているのか、ハーバード大学のマーガレット・リビングストン教授は次のように説明している。モナリザの口元に浮かぶ微笑みは、口元をまっすぐ注視したときよりも、目や背景を見ているときの方が強く見える。これは偶然ではなく、モナリザの画像からディテールを取り除いて粗い変化の成分だけを取り出すと、モナリザの口元の微笑みはかえって強くなる。視線が目や背景に行っているときは口元を網膜の周辺部で見ることになるので、この粗い画像のモナリザと同じ状態になり、微笑みが強く感じられるのだという。ところが口元を注視すると微笑みが消えてしまうので、鑑賞者はいつまでも微笑みがどこから来るのか、目を彷徨わせることになる。こういった視覚的な謎が隠れているために、モナリザは人の目を引きつけるのだという。

ゲームやパズルにしても、映画にしても、また展示などのように体験できるものにしても、ほどよい難しさがあることは重要である。人間が注視したり理解したりしようとすることで、思考回路にスイッチがはいって積極的にチャレンジをするようになる。するとそのチャレンジがまた次の展開を呼ぶというように、先へ先へと人を連れていく。使いやすいもの、分かりやすいもののデザインとは少し違う方向性だが、面白いものや気になるものを作る上では、わざとほどよい難しさをチャレンジとして投げかける必要がある。体験のデザインの一つの軸として考えておきたいテーマである。

Margaret Livingstone, Vision and Art: The Biology of Seeing, Abrams (2002).


mona_lisa.jpg


モナリザの画像から一番右の画像の高周波成分(ディテール)を取り除き、中央のように低周波成分(全体的な変化)にしたり、一番左のようにさらに極端な低周波成分だけにすると、微笑みが強くなる。網膜の周辺部で見ている時のモナリザは左の画像のようであると考えられる。

http://neuro.med.harvard.edu/faculty/livingstone.html