デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2011.09.26ブリコラージュ的なモノづくり

先日、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]でトークイベントに参加する機会があった。ICCはメディアアートの中心的な存在だが、原発事故後の電力不足への配慮から9月まで臨時休館している。その影響もあって、震災で社会や技術の見方が変わってしまった今、これまでと違う未来を考えるというのがシリーズ全体のテーマだった。

今回のトークイベントのテーマは「工学から芸術と未来を考える」で、東京大学人工物工学研究センターで同僚だった多摩美術大学の久保田晃弘教授、現在の同僚で詩人の松井茂さん、ICCキュレータの畠中実さんと私が参加した。すでに20年近く前になるが、1992年に人工物工学研究センターが設立されてから、久保田さんと工学の未来について考えたり実践したりしたことを、今振り返ってみるという入り方で話が始まった。

環境問題、都市問題、大規模事故などの現代的な問題は、もともと人間が有用性を追求して作ってきたモノやシステムから意図せず生じている。しかし工学は、これらの問題について有効な答えを出せていない。というのも、工学は機械や電気など作る対象ごとの領域の中で効率を求める構造になっており、作られたもの同士が有限な環境や市場で干渉するという領域外の問題を扱うようにできていないからである。そこで、作ること自体についての知識のあり方を対象とする人工物工学の研究プログラムが出発し、具体的には領域間のコラボレーションの実験や、領域に分化する以前の仮説的な思考(アブダクション)の研究、インターネット上のコミュニティの中でアイディアが育っていく過程の分析などを行ってきた。

有限な環境の下では、作られたモノ同士の干渉が意図しない結果を生む。そのためできるだけ不整合が少なく、一つ一つのモノが有機的に支え合う状況にしていくような、改良型、メンテナンス指向の考え方が必要になる。それを実践するために、人工物工学研究センターでは久保田さんと有限設計ワークショップという授業を始めて、利用できるものを使って作りながら、同時に何を作るべきかを議論することを行なっていた。有限設計ワークショップではゲストとしてIDEOのエンジニア達にも来てもらったのだが、彼らも試作を繰り返しながら改良していくことを強調していた。そして制約の下で材料をいかにクリエイティブに使うかということに大変熱心であった。

クロード・レヴィ=ストロースは『野生の思考』で、必要なものを持ち合わせの材料で作り出すことをブリコラージュという言葉で説明している。エンジニアは新しい概念を作って今知られているものよりも先を作ろうとするが、ブリコルール(器用人)は持ち合わせの材料が潜在的に持っている使い方を引き出して新しい組み合わせを作る。もともとレヴィ=ストロースは、神話が出来事の断片で組み立てられているという文脈でブリコラージュに言及しているのだが、これは素材から新しい意味を作り出そうとする美術にも通じている。ブリコラージュ的なモノづくりには、美術で日々行われていることが直接参考になる。

ICCでのトークでは、有限設計ワークショップはあえて時間のかかるデザイン方法をとったという指摘があったが、これはエスノグラフィーのような問題発見の過程が開発よりもずっと長くかかるのと同じく避けられないことである。ただ、今後期待できることは、過去に作られたものを知るためのアーカイブづくりが今いろいろなところで進められており、モノづくりにおいて過去に学んで時間を短縮するための手段として役立ってくるものと思う。たとえば、科学に関するニュースをうまく解説する方法を探そうと思えば、まず映像アーカイブの中から成功事例を集めて、次に模型を使う、実験する、対話的に解説するなど再利用できる性質を見つけて行く。このようにアーカイブに助けられたモノづくりは、自分なりの観点のコレクションから目的に応じた理論を作るというシナリオになる。今後、アーカイブに助けられる形でブリコラージュ的なモノづくりが盛んになった時には、自分なりのコレクションを作って活用できることが重要なスキルになるだろう。


図3.PNG


有限設計ワークショップのゲストとしてIDEOが行ったワークショップ。テープ、糸、串、トランブカード、バネ付きのネズミ捕り、ビー玉、輪ゴム、カップを使って、テーブルの上から放したビー玉をなるべく遠くの床に置いたカップに入れる。