デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2011.10.27インフォグラフィクスの効用

今年6月に、原子力発電の情報を視覚化した『インフォグラフィクス 原発』の翻訳が出版された。原著者はドイツ人のグラフィックデザイナーのエステル・ゴンスターラさんで、全ページを黄色とグレーの配色で統一し、地図とグラフでいろいろな分布や統計を見せている。例えばヨーロッパの原子力発電の項にある地図を見ると、ヨーロッパ全体で197基あるうちの59基がフランスに集中している状況が一目でわかる。

また世界の原子力発電の項では、4ページを使ったグラフで各国の総発電量と原子力が占める割合を視覚化している。原子力の面積を比べると「アメリカ、フランス、ロシアの発電量は、その他すべての国の合計に相当する」というコメントが見て分かる。タイムリーに出版されたことや福島の事故の項が追加されていることを除いても、この本は全体として情報の視覚化が役立つ例として参考になる。

ちなみに上記の国別の発電量の統計は「核エネルギー世界レポート」に出ていて、誰でもウェブで入手できる。しかし元の表は数字だけで、発電量の順にも並んでいない。ゴンスターラさんのグラフィックスは、ただ表をグラフ化しただけでなく、結局何が見たいのかという観点を含めて視覚化しているので、見ることによって分かる効果が出ているといえる。

見ることによって分かるのはインフォグラフィックスの中心テーマだが、歴史的な意義や文化との結びつきをたどると、広く科学史、美術史にまで関わってくる。たとえば、ドイツ人の科学史家のユーリア・フォスは『Darwin's Pictures』(ダーウィンの図像、原題はDarwins Bilder)で、ダーウィンが進化論を考えた過程で図が重要な役割を果たしたことを示している。ダーウィンは1859年に『種の起源』の出版で初めて進化論を公にした。しかし、それより14年前の1845年に『ジャーナル・オブ・リサーチズ(ビーグル号航海記)』第2版で、ガラパゴス諸島の小鳥の図を前触れのように出している。この図は4種類の小鳥を頭部のシルエットだけで描いて、上下左右に田の字に並べているのだが、左上から右下の順に目で追うと、くちばしが太いものから細いものへ、身体も大きいものから小さいものへと変化する。つまり種というのはばらばらでなく、連続的につながっていることが見てとれるのである。鳥の頭部をシルエットで描いた背景には、19世紀のイギリスの鳥類学ブームがあった。ダーウィンも熟読していたスウェインソンの『自然史と鳥の分類について』 (1836)という本では、だれでも鳥の違いを見分けられるように、鳥をシルエットで描いて細かな特徴を説明している。ダーウィンがガラパゴス島の小鳥をシルエットで描いたのも、グラフィックスによって見て種類が分かるようにするという当時の流れがあったようである。

実は、ダーウィンはガラパゴス諸島では小鳥が島ごとに形が違うとは気づいておらず、どの小鳥がどの島で採集されたかも記録していなかった。ダーウィンが乗ったビーグル号がガラパゴス諸島を離れて半年後、インド洋に着いたころに標本の分類を始めてからようやく「ガラパゴス諸島のスペイン人はどの島のゾウガメか形で見分けられる」と思い出してノートに書いているほどである。イギリスにもどって1837に修正年に鳥の専門家に分類を依頼してから、次第に種の間の違いがどうして起こるのかを考え始めるのだが、そのときには標本と島の対応がわからなくなっていて、その後、ガラパゴス諸島の小鳥は研究対象から外れてしまう。

ただ、ダーウィンは種の間の違いが連続的だということから考え始めて、古い種から変異して新しい種ができていくという進化の考え方に至った。同じ1837年のノートの「私は考える(I think)」という言葉で始まる有名なページには、種の変異を表す枝分かれした図形が描かれている。ダーウィンはその後も放射状に枝が伸びる図形を何度も描いている。美術史家のホルスト・ブレーデカンプは、ダーウィンには死んだ石灰質の上に生きている部分が連なるサンゴのイメージがあったと指摘しており、実際ダーウィンはノートに「生命の樹はおそらく、幹の部分が死んだ生命のサンゴと呼ばれるべきである」と書いている。そして種が枝分かれしていく図が整理されて、ついに1859年に『種の起源』で世に出た。この本は500ページもありながら、図は折り込みで綴じられた進化のダイアグラムの一点しかない。それでもこの図で、古い種から新しい種が分化し、その中のあるものは適応して生き延び、あるものは絶滅したという淘汰が理解できるようになっている。この図の画期的なところは縦方向が時間軸になっていて、時間とともに種が分化していく様子を目で追って行けることである。当時は地質学が盛んになり、地層の断面図によって地質的な時間を表すようになったが、若い頃に地質学を勉強していたダーウィンにもその影響があったようである。

進化論は画期的な発見だったが、決して突然出て来たものではなく、図によって生物を見分けたり、地質学のように非常に長い時間の積み重ねを図示したりすることを背景にして生まれた。ダーウィンが図を描いて考えながら理論化に至ったことは、図の効用を考える上で興味深い。情報の視覚化は単に美しく表示するということだけでなく、見ることによって分かることで深いところで考え方に影響を与えるものとして役立つことが期待されるのである。


『インフォグラフィクス 原発』岩波書店(2011)エステル・ゴンスターラ(著)
いくつかの図は原著のウェブサイトで見ることもできる。http://www.atombuch.de

核エネルギー世界レポート、http://www.kernenergie.de/kernenergie/documentpool/Apr/atw2009_04_weltreport.pdf

Julia Voss: Darwin's Pictures, Yale University Press (2010).


『ダーウィンの珊瑚』法政大学出版局 (2010) ホルスト・ブレーデカンプ(著)

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『ジャーナル・オブ・リサーチズ(ビーグル号航海記)』(第2版)のガラパゴス諸島の小鳥を並べた図 (via Wikimedia Commons)

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『種の起源』の進化のダイアグラム (via Wikimedia Commons)