デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2012.05.24アングリーバードのフランチャイズ

スマートフォン向けパズルゲームのアングリーバード(angry birds)が、この5月に総ダウンロード回数で10億回を超えたそうである。アングリーバードはスリングショットで鳥を飛ばして建物を崩し、中に隠れている緑のブタをやっつけるカジュアルゲームである。一回のゲームは1分ほどしかかからないのだが、建物を崩すとドミノ倒しに成功したような気持ちのよさがあり、いつでもやめられるはずがついもう一回やってしまう。

開発元のRovio Entertainmentはフィンランドのゲームスタジオで、2009年にアングリーバードの最初のバージョンを出してから、クリスマスやハロウィーンの季節ごとのシーンがあるアングリーバード・シーズンス、3Dアニメーション映画のRioとタイアップしたアングリーバード・リオをリリースし、今年3月にはアングリーバード・スペースを出した。広告の入る無料版もあるが、Appleが発表したiPhone用のオールタイムトップ25有料アプリの8位にアングリーバード、25位にアングリーバード・シーズンスが入っていることを見ると、かなりの割合で有料版もダウンロードされているようである。

RovioのPeter Vesterbacka氏が昨年のゲーム開発者カンファレンスで行った講演によれば、モバイルゲームはダウンロード回数が多くなることによってアップデートされつづけるサービス媒体となり、既存のメディアも巻き込んだ消費の駆動力になれるという。確かに彼らはいろいろなメディアとタイアップしてアングリーバードの権利を提供しており、フランチャイズを拡げるのに成功している。ぬいぐるみなどのグッズに加えて、ナショナルジオグラフィックとはアングリーバード・スペースにちなんで宇宙の解説書を作り、今年はフィンランドの工業都市タンペレの遊園地内にアングリーバード・ランドもオープンしたそうである。また日本では今年3月からフジテレビがパートナーシップを結んでいる。

アングリーバードがゲームとして面白い理由の一つは、だれでもわかる簡単な物理に基づいていることである。そのため一度飛ばして当たらなくても、次はどの向きを狙えば目的に近づくかが容易に想像できる。昔からあるゲーム台のピンボールがコンピュータゲームになった時と同じ感覚だが、次こそはうまく当てられるという様子が浮かぶのである。建物が崩れるときにも物理法則に従っていて、柱が隣の柱にぶつかると次々とドミノ倒しに倒れて行く。アングリーバードで物理法則に従った動きを計算するには、軽い動作で有名なオープンソースの物理エンジンのBox2Dが使われている。これは上記のゲーム開発者カンファレンスの講演で、Box2Dを開発したErin Catto氏が質問に立ち「アングリーバードはどの物理エンジンを使っていますか?」と聞いて確かめたそうである。Catto氏は続けて「ではゲームの中でBox2Dをクレジットしますか?」と質問して「もちろん」という答えを聞いてから、「ありがとう、ところで私はBox2Dの開発者のErin Cattoです」と自ら名乗り出たそうである。

このやりとりには、オープンソース・ソフトウエアの創作活動への貢献がよく現れている。実はBox2Dはオープンソースの中でもzlibライセンスという形態をとっていて、ソフトウエアの原著者を明らかにすることが望ましいが義務ではないとされている。そのためRovioはアングリーバードでBox2Dを使っていることを明示する必要がなかった。Catto氏自身がBox2Dの開発者サイトで言っているように、オープンソースの中でも著作権表示を求めるMITライセンスにすると、ゲーム会社によっては制約に敏感でそのようなソフトウエアをいっさい使わないようにしているため、Box2Dの使用が限られてしまうと判断したそうである。確かにこの判断のおかげで、多くのゲーム開発者が著作権表示に悩むことなくBox2Dを使って短期間で新しいゲームを開発できたと感謝している。上述のVesterbacka氏の講演によれば、アングリーバードは他の受託プロジェクトの合間の8ヶ月間を使ってすみずみまで洗練させ、たくさん愛情を注いで生まれたそうだが、これは物理シミュレーションをBox2Dにまかせたことで初めて可能になったはずである。

「ゲーム開発者がクリエイティブな表現を作ることで他人の生活を楽しませたいのと同じで、ただ自分は物理エンジンを作ることの方に向いていた」というのは、開発者サイトでのCatto氏の発言である。 アングリーバードのフランチャイズがうまく展開したのも、もとをたどればBox2Dを基盤にすることで開発者が表現に注力できたことに一つの理由がある。アングリーバードの事例のようにゲームを始めとして現在のソフトウエアの生態系で、基盤から表現までのいろいろなレベルで創作の成果がプラスに結びついて面白いものが出てくる様子に注目したい。


angrybirds_space_2.jpg


アングリーバード・スペース。宇宙空間に出たことで、重力で星の回りを一周するという新しいアイディアが登場した。