デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2012.10.02スタジオ・ムンバイの実践

先日、乃木坂のギャラリー・間でスタジオ・ムンバイの展示を見る機会があった。スタジオ・ムンバイはインドの建築家ビジョイ・ジェイン氏が運営するグループで、120人ほどの建築家や大工、石工などの職人を抱えている。これまでの主な仕事はムンバイ(旧ボンベイ)を中心にインド西岸に多いが、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で室内に建築物を作ったり、2010年のベネチアビエンナーレに招待されたりと世界的にも知名度が高い。日本での関心も高く、今回の展示にも若手層を中心に多くの人が訪れていた。

ギャラリー・間ではスタジオ・ムンバイの作業場を東京で再現するという目的で、模型や試作物、スケッチ、各地の日常生活を記録した写真やビデオなど、実際にスタジオから持って来たものが所狭しと並べられていた。解体した建築物の部材や、さまざまな顔料を混ぜたコンクリートの見本など、物の存在感が濃く、ムンバイのスタジオでも実物に囲まれている様子がうかがえる。中には畳サイズの合板に描かれた図面もあり、「ベニヤ板にマスキングテープを貼った上からペンで描くと手早く大きな図面がつくれ、やり直しも簡単で安い。スタジオ・ムンバイで働く職人が発明したもの」という解説に実感があった。

展示を見て驚いたのは、このスタジオの人々が実に多く図を描いていることである。最近の代表作であるコッパー・ハウスⅡ(2011)で大工の棟梁を務めたプナラム・シュシャーさんのスケッチブックを見ると、プロジェクト進行のメモや計算と一緒に、細いペンで描いたスケッチが多くのスペースを占めている。建物全体の図もあるが、部材の組み方を考えて描いたディテールもある。このスタジオでは手描きのスケッチが直接的なコミュニケーション手段として重きを置かれているようである。ジェイン氏がEl Croquis誌の対談で語っていることによると、プナラムさんは3つのプロジェクトを同時にこなすシニアアーキテクト並の活躍をしていて、現場で変更の必要が生じれば持ち込んだ製図板ですぐに図面を直して指示を出すほどだそうである。

一体、現場で大工に指示を出しながら、シニアアーキテクト並に全体を理解して変更の権限も任せられる人がどのようにして育つのだろうか。ジェイン氏はアメリカで建築を学んだ後、アメリカ、イギリスで実務経験を積んで出身地のムンバイに戻った。ところがインドでは仕事のやり方が全く違い、請負業者は人集めをするだけで建築の事など何も知らず、集められた職人も図面など誰も見ないので、結局自分が一日現場にいて指示するしかなかったそうである。しかも請負業者が、ここはお前の仕事でないからやってはだめだと職人の範囲を限定するので、人が集まってもプロジェクトが相互作用で発展していくということがなかった。ただ職人は無知なわけではなく、何世代、何十世代も前からの実践的な知恵を受け継いでいる。その知恵を引き出すには同じ場所を共有して計画から作っていかなくてはならないと考え、自分の下に10人ほどの人を集めたところからいまのスタジオ・ムンバイが始まった。職人と一緒に考えるには図面の上で計画するのでなく、誰でも話に入れるように模型や実寸大のモックアップを作る方が有効である。そのためスタジオ・ムンバイではこれだけたくさんの物を作りながら作業していくことになった。彼らの人数から言えば決して多作とはいえないが、一つ一つのプロジェクトには時間をかけており、土地を知る所から始めている。そもそもインドでは水道が普及していないので、まず井戸の名人が土地を歩いて水が出るところを見つけるところから始まるそうである。土地を知ることには厳しい自然も影響していて、モンスーンの豪雨でどれだけ洪水が来るかを知ることの必要性は、災害を強く意識するようになった我々にも想像できることである。

ジェイン氏は知識を発揮して実践につなげる作業をプラクシス(praxis)と表現している。彼は材料や工法だけでなく、空間の質といった建築の考えについても職人と一緒に話すことでプラクシスがかみ合って行くという考えを持っている。職人の知恵を引き出すためには、話すことによっていま建てようとしているものと自分の伝統とがつながるように話すことが大事だという。先代のおじいさんはそうはしなかっただろうと若い職人に言えば、自分でどうすればよいかを考えるようになる。プラクシスは組織論や経営論でいう実践知と近いと思うが、具体的にそれを発揮するには個々の職人が自分の引き継いだ伝統と今の仕事との結びつきを意識することが必要だという観点がユニークである。これは彼らがインドのスタジオで培ってきたことだが、どこでも通用する一般性のあるものだと思う。

ギャラリー・間での展示は9月で終わったが、東京国立近代美術館の前庭に来年1月14日まで「夏の家」が展示されている。3つの東屋の間には、鳥がとまって休むためのメッシュをつけた竹も立っていて、車の多い表通りから一歩入って休むシェルターのようである。スタジオ・ムンバイの職人が施工する様子もビデオで見る事ができるので、もし皇居前の竹橋を通りかかって目に入ることがあれば、後でチェックして見られるとよいと思う。

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スタジオ・ムンバイ展PRAXISで展示されたスケッチブック。プナラム・シュシャーさんのコッパー・ハウスⅡのスケッチブックと、外光を取り込む格子を壁に描き込んだ模型(TOTOギャラリー・間にて)。