デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2013.01.21社会的な視線

数年前のことになるが、映画のアバターの予告を見たとき、青い皮膚とライオンのような黄色い目をしたアバターの顔をとても不気味に感じた。しかし実際の映画では、その異様な顔からも我々が表情を読みとって感情移入できるように作られているのに感心する。映画の中のアバターは惑星パンドラの原住民ナヴィと地球人のDNAを組み合わせたという設定で、アバターやナヴィたちの映像はすべてCGで作られたものである。ただ元になる動きは役者が演じていて、表情や身体の動きを複数のカメラとモーションキャプチャーで追い、そのデータからCGアニメーションを作り出している。我々は役者が演じた表情や動きをアバターやナヴィのCGから読みとっているわけである。

映画の主人公ジェイクは、アバターとなってパンドラの世界に出て行く。ジェイクが夜の森で危険な動物に囲まれナヴィの娘ネイティリに助けられたとき、最初は両者の間に会話はなく、表情、特に暗闇に光る目の動きが主な演技である。ジェイクはネイティリの方を茫然と見ているが、ネイティリの目はジェイクを助けるためにやむなく殺した森の動物を見ていて、両者の視線の行き先が違うことがはっきり示される。注意してみると、その後ジェイクがネイティリから森の生活を学ぶにつれて、2人の視線が一致して同じ物を見るようになる。その視線から我々は、ジェイクにもパンドラの森の世界が見えるようになったことを理解する。アバターという映画は、世界を同じ視線で見るというストーリーをCGを通した演技で表現しているといえる。

アバターという言葉は少し前まで、自分の代わりに仮想空間で動かすキャラクターの意味で使われていた。しかし映画のアバターではそれが実際に身体を持つ世界を描いている。そして映画だけでなく現実でも、アバターは身体を持って自分の代わりに実世界に出て行くものという意味に変わりつつあるようである。

慶應義塾大学の今井倫太准教授らのグループは、CHI'12でTEROOSというロボットを発表して話題になった。TEROOSは視線の働きを調べるためのロボットで、顔だけで身体はなく、人の肩に乗って移動する。顔の向きや目の動きは遠隔操作で行い、声も遠隔操作している人の声が伝わる。他人に装着してもらって外の世界に出て行くので、彼らはTEROOSのことをウェアラブル・アバターと呼んでいる。TEROOSのようなアバターの役割として、何らかの理由で自由に外出ができなくても、自分で会話をしたり目で確かめながら買い物をしたいという状況がある。偶然だが映画のアバターでも主人公のジェイクは足が不自由で、アバターに乗り移ると自由に走り回れるようになるという設定だった。TEROOSを肩に乗せて秋葉原の店を訪問する実験では、遠隔操作をしている人がロボットを通して店員に話しかけると、店員は直接ロボットを見て答える。このコミュニケーションが成り立つには、ロボットの視線が店員の視線と合うことが重要である。またロボットが見る方向は肩に乗せている人の視野の範囲に収まるようにあえて制限し、それによって両者の視線が一致しやすいようにしている。他人が見ている視線を読みとって自分も同じ方向に視線を向けることをジョイント・アテンションというが、これがロボットとの間でも自然にできることで、一緒に物を探したりするのが容易になるからである。

視線を読みとったり視線で伝えたりする能力は、人間だけでなく霊長類にもある。ミネカらは、実験室で育てられたアカゲザルがそれまでヘビを怖がらなかったのに、野生で育った親がヘビに怖がるのを見ると自分も怖がるようになることを確かめている。この場合、ジョイント・アテンションをする能力が学習に役立っているわけである。またバーンとホワイトゥンが野外でヒヒの集団を観察した記録では、群れの中で相手をだますように視線を使う例があるという。あるときヒヒの青年オスが若い子供を攻撃した。子供の悲鳴を聞いた大人が丘を越えて見える位置に来て威嚇すると、若いオスは後肢で立ち上がり渓谷の彼方を見やった。これは敵が見えるという警告の視線で、大人たちは立ち止まって同じ方向を見た。大人たちがそれに気をそがれたためか、若いオスは攻撃を逃れたという。このように霊長類には視線を読み取ったり相手に伝えたりする能力が備わっている。人類の場合はさらにそれが社会生活の中で強化され、瞳と白眼のコントラストがはっきりしていることなども視線を読み取りやすい形態に進化したためと考えられている。

普段はあまり意識することのない視線を読みとる能力だが、アバターになって活動する状況を考えてみると必要性がよく分かる。視線によって言葉を交わす以前から相手と接点をもったり、何に注目しているかを読みとったりすることは、将来我々がアバターを通して活動の範囲を拡げるときのインタフェースデザインに活かすべき重要な要素といえるだろう。

Susan Mineka, Mark Davidson, Michael Cook, Richard Keir, Observational conditioning of snake fear in Rhesus Monkeys, Journal of Abnormal Psychology, Vol. 93, No.4, pp.355-372, (1984)

リチャード・バーン、アンドリュー・ホワイトゥン(編)、マキャベリ的知性と心の理論の進化論ーヒトはなぜ賢くなったかー、ナカニシヤ出版、(2004)


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映画のアバターで、主人公のジェイクがナヴィの娘ネイティリに助けられる場面。二人の視線の行き先が違うことがはっきり示される。