“本能”から人間を読み解く - 佐藤武史

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2012.12.21コミュニケーション上の違和感を見える化する

社内や社外の方とのコミュニケーションが円滑なビジネスのためには重要、なんてことは改めてお話しするようなことではないでしょう。ただ、「なんか変な感じがする」ようなコミュニケーションがあった際、その「変な感じ」を言葉にできたら、胸のつかえがとれてスッキリとし、また、今後の活動にもよい影響がでてくるでしょう。

例えばこんなコミュニケーション。

「部下A:我々の製品の次のターゲットは大学などの教育機関だと思うんですよね。」「上司B:いい着眼点だねぇ。ただ、医療機関の売上が伸びているので、次のターゲットは、まずは医療機関なんですよ。」「部下A:医療機関へのアプローチはほぼ終えているので、次の一手を探していきたいところなんですが。」「上司B:なるほどね。よく考えているねぇ。ただ実際は、まだアプローチできていないリストがたくさん残っているんだよ。君も、もう一歩踏み込んで考えてくれたら、もっとよくなれるんだけどなぁ。」

この二人は、会社の製品の次のターゲットについて話をしているのですが、部下Aはストレートにターゲットの議論を持ちかけているのに対し、上司Bの会話には"何か"が乗っかっている。少し「えらそう」に振舞っているように見える。でも、上司Bがこんな風になってしまっている状態をどう理解すればいいのだろう?

ビジネスの枠を超えても、例を挙げられます。何か不思議な空気感のある、人とのやりとり。

社会人になった二人の青年。「X:今度、W子と二人でどっか行ってきたら?(君のW子への気持ちを確かめてやるぞ。が、Noと言ってくれ・・・)」「Y:そう、じゃ、声をかけてみようかな。(お前、W子に興味あるんだよな。ちょっともてあそんでやろう。)」「X:あ、いいねぇ(汗)、でも、W子は忙しいからなかなか時間なさそうだね。(えー、マジで?やばい、最悪・・・)」「Y:そっか、じゃあ仕方ないな。(バカだなー、お前がちゃんと誘っておけよな(笑))」・・たぶん、二人の事情をよく知っている人ならば、会話の裏に潜む本意もわかることでしょう。それにしても、こういった会話の空気感。これって何なのだろう?

または、小学生の男の子。彼らの恋の表現について、こんな語り草をよく耳にしませんか?「好きな子の気をひくために、目立ちたがる」。しかし同時に、「好きな子の気をひくために、好きな子に意地悪する」というものも耳にします。現代の男の子はもっと違っているのかもしれませんが、僕の世代ではうなずける語り草です。ここで、「目立つ」ことはわかる。でも、「意地悪」するのってなぜだろう?

XとYの会話は、本能論的な説明が可能です。見かけ上は友情(愛の本能)による会話がなされているが、言葉の裏ではXはYに恋で負けたくない(力の本能)、もしくは、その女性の愛を奪われたくない(愛の本能)。一方、Yはワクワク感を楽しんでいる(新しいものを楽しむ本能)か、もしくは、Xとの親密さ(愛の本能)を楽しんでいる、などといったように。すなわち、会話の表面にある本能的な喜びと裏に潜む本能的な喜びがズレているところが、その空気感の正体。・・・ただ、「小学校の男の子がなぜ意地悪するのか」は本能論的な解釈は単純にはできなさそうな感じが。

上記のようなコミュニケーション上の違和感を見える化する考え方の一つに、「交流分析」というものがあります。今回は、この交流分析についてご紹介させていただきます。

交流分析というのは、米国の精神科医エリック・バーンの見出した精神分析、及び、療法の体系。一般的には、フロイトの精神分析の簡略版だとも言われています。交流分析ではまず、人間の立場には3つの自我状態があるとします。それは、P(Parent:親のような厳しい/優しい状態)、A(Adult:大人のような分析的・論理的な状態)、C(Child:子供のような自由/依存的な状態)の3つ。二人の人間がコミュニケーションをとる際、互いの自我状態を表記するとその関係性が分かりやすくなります。※今回、このP・A・Cの三つの文字が多く出てきますので、申し訳ないのですが、覚えてしまってください。ペアレント・アダルト・チャイルド、です。

まず、例えば、「先生:こらっ、ここに座っちゃみんなに迷惑でしょ?(P→C)」「生徒:はーい。どきまーす(C→P)」・・・これは先生(P)と生徒(C)のストレートな関係。P(ペアレント)→C(チャイルド)の話しかけに対しては、C(チャイルド)→P(ペアレント)の立場で返す。お互いに期待しあっている立場を演じながら会話ができると、何の違和感もないコミュニケーションとなるのですね(相補的交流と言います)。

でも、「先生:こらっ、ここに座っちゃみんなに迷惑でしょ?(P→C)」「生徒:ウゼーな。黙れや(P→C)」となると、変な感じになってきます。生徒が、先生の期待している立場とは異なる立場で返してしまっているためです(交差的交流と言います)。製品のターゲットを議論する部下Aと上司Bの会話にも交差的交流が起こっています。部下Aが冷静な(A→A)の立場での話しかけを行っていたのに対し、上司Bは自分の立場を上に置く(P→C)の話しかけを行っていました。

さらに、「先生:こらっ、ここに座っちゃみんなに迷惑でしょ?(みんなを服従させて、もてあそんでやるぞ)(表面的にはP→Cで、裏面ではC→C)」「生徒:はーい(先生の表情、またヤバくなってるぞ)(表面的にはC→Pで、裏面ではA→A)」となると言葉で語っていることと表情・しぐさで語っていることが違ってきます(裏面的交流)。表面的な言葉と裏の真意の間に乖離のある状態が、裏面的交流という訳です。場合によって、裏の真意が表情やしぐさに表れることもあります。「よかったね」という言葉も、「わぁ、よかったねぇー!」と言うのと、「ふうん、よかったね・・・。」と言うのとではニュアンスが異なってきますよね。裏の真意の含ませ方で、コミュニケーションの意味が変わってくる。先述の社会人XとYには、そんな裏面的交流が起こっている訳です(XとYの会話は、表向きは大人なA⇔Aの会話だが、裏面は子供的なC⇔C)。


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このように、交流分析を用いると、交差的交流・裏面的交流が起こっているときに、変な空気感が発生するのだと説明することが可能です。相補的交流ではまったく違和感のないコミュニケーションとなるけれども、他の交流方法には違和感が発生する。交流分析を用いれば、会話のぎこちなさをこのように表現することが可能なのです。

他にも二つほど、交流分析に含まれる面白いトピックをご紹介しますね。

交流分析では、人がコミュニケーションを行うそもそもの目的を、「ストロークを得るため」としています。ストロークとは相手からの何らかの刺激のこと。「ありがとう」という言葉もストローク(言語的な肯定的ストローク)で、頭をゴツンと殴られるのもストローク(非言語的な否定的ストローク)。ただ、人間にとって最悪なのは"ストロークのない状態"であって、肯定的なストロークがない場合、否定的なストロークでも欲しいのが人間の特性。交流分析ではそう説いています。自分をもっと愛して欲しい(=肯定的ストローク)のに、親の愛情が足りない場合、非行に走ってでも親の注目(≒否定的ストローク)を得ようとする、などもよく聞くお話です。目立って女の子の興味を惹くのは、女の子の肯定的なストロークを得たいから。でも、意地悪して女の子に接するのもストロークを得たいから。肯定的なストロークをどう得ればいいかがわからず、否定的なストロークでもいいからストロークを得たいという状態。冒頭のたとえ話はこのように解釈できます。

また、先述のPACを発展させた、「エゴグラム」というものがあります。「NP:優しい親」「CP:厳しい親」「A:理性」「FC:自由な子供」「AC:依存的な子供」の5つの自我状態のどれが高いかを指標化するパーソナル診断です。性格診断のようなものだと思ってください。先ほどのPACのPとCがそれぞれ2つに分かれて、トータルで5つになった形です。カウンセリングではこのエゴグラムを用いて、クライアントに自分のパーソナリティを客観視してもらったりしています。

最後に、そのエゴグラムの5つの指標を用いて、交流分析と本能論との関係性を軽く考察してみたいと思います。以前のエクスペリエンスマガジンで、人間には4つの原始本能があるとお話しました(生きる・新しさを求める・愛・力)。そして、それぞれの原始本能に多くの快感・不快感が属していることをご説明しました(愛される喜び、競争で負けた悔しさ、など)。これをエゴグラムの5つの指標と比較してみましょう。実際は少し不正確なところがあるのですが、大雑把に言えば、CP・NP・FC・ACと4つの原始本能が重なっています(4つの原始本能については2012年4月のエクスペリエンスマガジンをご参照ください)。


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こう読み解くことで、先生(NP)から生徒(C)への愛ある注意の言葉は、先生の「愛」の本能的な快感によって引き起こされていると解釈できます。「ボール投げるでー(FC→FC)」「おう(FC→FC)」ならば、「ワクワク感(好奇心)」のキャッチボール。優しい言葉で生徒を座らせようとする先生の真意が、生徒を力づくでコントロールする快感にあるのだとしたら、表面的には「愛」の動作と見せかけて、真意は「力」の本能の快感を得るのが目的。・・・さきほどのP・A・Cを用いた交流のパターンの分析が、快感を得る行為として本能論的に解釈できることがお分かりいただけたかと思います。どの自我状態で人に接するかということの裏には、どの本能的快感を得たいかということが隠されている、とも言えます。

交流分析では、「他者とのコミュニケーションの違和感に客観的に気づけること」も癒しの一つとしています。会話している立場がチグハグになっている状態(相補的交流)や、発言内容と裏の真意が異なっている状態(裏面的交流)に気づけば、そこを治していくことができる。本能論的に言い換えると、自分が得たい快感と相手が得たい快感のズレ(相補的交流)や、自分が表面的に伝えている言葉の意味と隠された本当の快感のズレ(裏面的交流)に気づくことが、心のモヤモヤの解消の一手、となるでしょう。

人とのコミュニケーションに何かクセがあると自分で考えている方は、自分のパーソナリティ(=強い本能)を診断してみたり、コミュニケーション上の違和感(交差的交流・裏面的交流)をご自身で振り返ってみるといいかもしれませんね。

本日は、コミュニケーション上の違和感を可視化する一つの考え方として、交流分析の一部を簡単にご紹介させていただきました。


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