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2006.12.28われわれは、メディアの力を鍛え続けている

日本でも最近話題になっている、市民ジャーナリズム。韓国から始まったインターネット市民新聞の「オー・マイ・ニュース」はその草分けだが、スタイルは違うものの、各国に同様の試みがある。

市民ジャーナリズムの定義はむずかしい。オー・マイ・ニュースの場合は比較的オーソドックスで、記者がさまざまなニュースをレポートし、それをひとつの場所で編集、掲載する。その記者が市民になり、その場所がインターネット・サイトになったのが新しいが、方法としては従来の新聞メディアに近い。

これ以外にも、市民ジャーナリズムや市民メディアと言える形態は今、多数ある。極論すれば、ブログも市民ジャーナリズム、市民メディアのひとつになる。日本のブログには日記風の個人的なつれづれを綴ったものが多いが、アメリカでは政治の批判、社会の観察、地元のニュースなど、個人個人が自分に合ったテーマに照準を合わせて発言をするブログも多い。中には毎日何10万人という読者を集めるブログもあり、そうなるとちょっとした新聞や雑誌よりも広く読まれていることになる。

あるいはブログを集めてひとつのサイトを作り、多様な内容を伝えようとするものもある。有力なブロガーを集めたHuffingtonPost、Boing Boingなどはよく知られている。また最近は、ソーシャル・ニュース・サイトもある。これはインターネット上にある個々のブログにおもしろさで人気投票するしくみをつけ、上位にランキングされればそのソーシャル・ニュース・サイトのトップ画面に表示されるというものである。仲間のブロガーをわざわざ集める必要はなく、インターネットのすべてのブロガーと自動的に仲間であり、競争するということになる。いわゆる「ウェブ2.0」的メディアだ。

まだまだある。たとえば、ある商品についてユーザーの投稿を募るようなサイト、あるいは日本の2ちゃんねる、セレブのファンクラブ、ソーシャル・ネットワーク・サイトの仲間内で交換されている話題など、こうしたものも新しい市民メディアだ。

参加する人も発行する人も、そして内容も多様になったかたちで、インターネット上には市民メディアが氾濫していると言ってもいい状況だが、今やメディアが伝える内容だけでなく、そのメディアの性質自体をよく理解しないと情報収集のための羅針盤が狂ってしまう。たとえばソーシャル・ニュースでトップに躍り出てくるブログやニュースは、必ずしも正しいものやいいものであるとは限らない。基準となっているのは人気やうわさの高さ。今話題になっているのが何かはわかっても、それ以上の内容はないかもしれない。あるいはブログも、意見であってニュースではない場合が多い。

ジャーナリズムであるならば、できるだけ核心となる正しい情報を伝え、さらに別の見方、反対意見なども盛り込む客観的な視点が必要になる。さらに、ウェブなどどこかで見た二次情報ではなく、自分で聞いた、自分で足を運んで得てきた情報でないと、ジャーナリズムにはならない。たとえそれが近所のできごとを伝えるニュースであっても、ジャーナリズムならば本当かどうかを自分で確認したというそのあたりが、たとえインターネット時代でも基本になる。

そして読者の質も、そのメディアの性質を左右する大きな要素だ。日本版「オー・マイ・ニュース」も直面している問題だが、中傷するコメントの多いサイトは建設的な議論が不可能になるので、どうしてもいい質を保つのが困難になる。読者参加型のメディアの場合は、読者にも「デモクラシー」の基本がないと市民ジャーナリズムは育たないのである。

要は、数が増えた分だけ、メディアに対するリテラシーがこちらにないと、情報はうまく使いこなせないのだ。逆に言えば、こうしたさまざまなメディアを見ながら、ユーザーとしてもわれわれはどんどんメディアを見極める力を鍛えているのである。