2009.11.04電子ブックリーダーは、新世界へこぎだす冒険
アメリカでは、電子ブックリーダーの競争が激化している。
オンライン・ショップのアマゾンが開発したキンドルは、日本でも発売が開始されたので(英語版)、名前を聞かれた方も多いだろう。A5版くらいのサイズで、薄くて軽く、見た目のデザインも優れている。今のところはアメリカの電子ブックリーダー市場で先頭を走っているが、その理由はいち早く通信機能を内蔵したことだった。
コンテンツをダウンロードするのに必要なのはキンドルだけ。コンピュータを持っていなくても、キンドルだけでオンライン書店にアクセスし、そこにある本をブラウズして、コンテンツをダウンロードすることができる。コンピュータにデータをダウンロードして、それからキンドルを接続して転送し……といった面倒さがないのである。しかも通信料は本代に含まれていて、通信会社と別契約を結ぶ必要がない。
電子ブックリーダーは、実は10年ほど前からいろいろな機種が開発されては消え去っていった。どれも機能や価格、使いやすさの点で「帯に短く、襷に長し」という感じで、今ひとつアピールできなかった。だが、キンドルはそれひとつで済むという便利さと、電子ブックの品揃えや価格の安さで、やっと消費者の関心を獲得するのに成功したのである。
現在、アメリカではソニー製、バーンズ&ノーブル製の電子ブックリーダーが対抗機種として登場している。ソニーの電子ブックリーダーは、2つめのバージョンになってからタッチスクリーンを採用し、さらにキンドル同様の通信機能を搭載したバージョンを近々発売する予定だ。また、大手書店チェーンのバーンズ&ノーブルのリーダー「ヌック」は、カラーのタッチスクリーンで勝負に出てきた。
だが、ハードウェアとしての電子ブックリーダーの機能や見た目よりも、今後重要になるのはどんなコンテンツをその電子ブックリーダーで読めるようになるのか、だろう。
アマゾンのキンドルは、独自のファイル・フォーマットを採用し、出版社からのコンテンツ・データもすべて自社でフォーマット化して配布している。ハードウェアのキンドルとコンテンツをコンビにして閉じられたキンドル世界を作り上げ、そこへユーザーを囲い込もうというわけだ。
これに対して、ソニーとバーンズ&ノーブルのリーダーは、出版界の標準フォーマットを採用しているが、これはグーグルが何年も前からスキャンしてデジタル・データ化している著作権期限切れの書籍や研究論文、著作権が特定できない書籍を含む何100万冊ものコンテンツへアクセスを可能にする。
グーグルのデータ、ブック検索は現在、その利用を巡って作家や出版社協会と和解案の調整を行っているところだが、ここには世界の名作文学なども多数含まれているので、これにアクセスできるうま味は大きい。
だが、何が手に入るかと同時に、それをどう使えるかにも異なったアプローチがある。
バーンズ&ノーブルのヌックは、同じヌックを持つ人々の間でならば14日間に限って本の貸し借りができるようになっている。同じキャリア間ならば通信料が安くなるという携帯電話のようなモデルだ。これは「デジタル・コンテンツは貸し借りができない」という定説を破って、物理的な本と同じような雰囲気を醸し出しつつ、ヌックのユーザーを増やそうという魂胆だろう。
だが、これで電子ブックリーダーのあり方や各社の配置図が決まったと思うのは時期尚早である。というのは、電子ブックのデジタル・コンテンツについては、まだまだわからないことが多いからだ。例えば、デジタル・コンテンツでも貸し借りが可能になることがある一方で、勝手にデータが消去されることもあるのだ。
去る7月のこと。アマゾンのキンドル・ストアで売られていたジョージ・オーウェルの著作『1984』と『アニマルファーム』が、提携する企業によって著作権侵害であるにも関わらず販売されていたことがわかり、アマゾンはそれらを買ったユーザーのキンドルからコンテンツ・データを削除してしまったのだ。もちろん料金は返却されたが、ユーザーらは「所有」していたと信じていたものが、突然消されてしまったことになる。何と不条理な。買ったのは、ただ「読む権利」だったのか。
アマゾンは、今後同じようなことがあってもデータは削除しないと、今回の不適切な処置を謝っているが、実際には著作権侵害問題、利用権利、ホスティングの責任範疇など、電子ブックのデジタル・データについてはまだまだ解明されきっていない部分がたくさんあるのだ。
音楽データですら、DRM(デジタル・ライツ・マネージメント)のありさまがコロコロ変わっている。歴史も長く、こだわりの多い書籍に関してはなおさら、状況は今後も揺れ動くはずだ。その意味では、電子ブックリーダーは、これからこの荒波をわたっていくための乗り物のようなものである。航海は厳しい。だが、新しいデータ世界への冒険であることは確かなのである。




