米国マーケティング最新事情 - 瀧口範子

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2012.07.27社会正義を実践できるしくみ

英語に「cause」ということばがある。辞書で引くと、社会的な理想とか主張、主義、運動といった意味が出てくる。いわゆる社会正義のために、何かをやるということだ。最近は、この「cause」を簡単に実践したり、これまでとは違った方法で行ったりするようなしくみが多くなったように思う。「cause」とは、たとえば社会的弱者を助けるということだったり、万人に教育を行き渡らせるということだったりする。そもそもアメリカの伝統には、この「cause」を動機として行動を起こすといったことをやってきた人々が多い。日本人ならば、あまりの理想主義に赤くなってしまいそうなことでも、胸を張ってやる人たちがけっこうたくさんいるのだ。

さて、最近こんな事件があった。ニューヨーク州の田舎町で、中学校のスクールバスに監視員として乗り込んでいる68歳の女性が、男子生徒らにひどいののしりを受けた。生徒らは、彼女のからだの醜さをあげつらい、「アンタの腹はバターでできているから、誰も食べたいと思わない」といったようなことばを執拗に浴びせ続けた。ところが、なぜかその様子を撮ったビデオがユーチューブで全米を駆け巡り、エライ騒ぎになったのだ。ビデオの中の女性は、表情も変えずにただただ黙っているだけ。確かにからだは太っている。だが、罵詈雑言に対してジロリと相手をにらむだけで、言い返しもしない。ただ、ただやるせない表情をしていることだけは、誰の目にも明らかだった。この騒ぎで、すぐさま罵った生徒は誰か、他に誰がいたのかといった事実が突き止められ、全米から抗議や非難の電話が殺到した。生徒は、単に軽口をたたいたつもりだったのだろうが、騒ぎが大きくなって女性に謝ったという。

ここからが面白い。誰かがインターネット上で、「クラインさんに休暇に行ってもらおう」という呼びかけが起こり、募金を募ったのだ。利用したのは、インディー・ゴーゴー(http://www.indiegogo.com/)というクラウド・ソーシングのサイトである。そして、1ドル、5ドル、10ドルといったような少額の寄付が寄せられるにつれて、現在では何と60万ドル以上、つまり6000万円にも届こうかという寄付金が集まったのである。すべて、この女性、クラインさんにバカバカしい思いで傷ついた心を癒すために、休暇をプレゼントしたいという人々の願いから寄せられたものである。

クラウド・ソーシングのしくみとしては、以前このコラムでも紹介したキックスターターが有名だ。キックスターターは、どちらかと言うともの作りのプロジェクトをサポートするものだが、このインディー・ゴーゴーは「cause」が中核となっている。社会的正義のために動きを起こしたいと考える人が、人々に呼びかけ、賛同した人が、個々人としては大きなリスクを負うことなくその動きに参加できるしくみである。このインディー・ゴーゴーには、他にも重病になった医療費が払えない重病の若者を助けたいという訴えや、夫が事故で急死し、幼い子供を抱えて生計が立てられない友人を助けて欲しいという訴えなどがある。どれも多額の寄付を集めている。

もちろん、こうした場を利用して金を横取りしようというウソの訴えが出てくる可能性は、ゼロではないだろう。だが、そこにある写真やテキストなどから、人は真偽をちゃんと見通すものと思いたい。それに、たいていは、困難な状況にある人物の知人や友人グループが名を連ねていて、そうしたことからも真実味は伝わってくるのだ。

ここ数年を振り返ってみると、世界の不景気や政情不安を経て、世の中は消費一辺倒の社会からかなり変わってきたようにも感じられる。社会として「まともなこと」に人々の関心が向いているようだ。それをすくい上げて機能させる、インディー・ゴーゴーのようなしくみは、時代に実にマッチしているのである。