米国マーケティング最新事情 - 瀧口範子

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2012.12.07電子ファイルを「貸し出す」というモデルについて考えてみる

私が最近おもしろいと思っているのが、図書館での電子書籍の貸し出しだ。やっと電子書籍が始まろうとしている日本ではまだなじみがないだろうが、アメリカでは何年も前から図書館が電子書籍を貸し出ししている。図書館のサイトにアクセスし、そこから希望の本を選んでダウンロードするのだ。ダウンロードする機器は、コンピュータであってもいいし、電子書籍リーダーやタブレット・コンピュータでもいい。

図書館での電子書籍の貸し出しの何がおもしろいのか。ひとつは、モノであるプリント書籍だけでなく、電子ファイルである電子書籍も貸し出しが可能であるという点。まるでモノのように借りて返すのだ。そしてその返すという行為のために、いちいち図書館に出向かなくてもいい。いや、自分で返すのを覚えてすらいなくてもいい。ファイルが自動的に消滅するからだ。

電子ファイルが自動的に消滅するというのは、映画レンタルなどでもよくある方法だ。インターネットで借りる映画はたいてい、借りた時から何時間以内に見始め、さらに何日以内に見終わらなくてはならないという決まりがある。それを過ぎると、やはりファイルが消えてしまうのだ。

もうひとつおもしろいのは、借りたいと希望する人々が多い場合は列に並んで待つということ。電子ファイルなんだから、同時に何人も利用することは可能なはずである。ところが、図書館での貸し出しというモードにしたがい、また出版社からの制限もあるため、数に限りのあるファイルを並んで待つということが起こっているのだ。

おもしろいと思うのは、このモデルを何かビジネスにも応用できないものかと考えるからである。インターネット、電子ファイルの時代になって、無数の同時アクセスが可能になり、多くの人々がリアルタイムに同じものを享受して意見を交換できるようになった。それはそれでいいことなのだが、どうも「希少価値」とか「大切感」とかそういった感覚をわれわれはすっかりなくしているようにも思えるのだ。数が限られているということによって感じられた「一回性」の重要さが、もうわからなくなっているような気がするのだ。

もし、ビジネスにこの図書館の電子書籍貸し出しモデルを採用するとすれば、どんなことができるだろうか。たとえば、ものすごく凝った美術作品を鑑賞用に貸し出して広めることもできるだろう。ウェブ上で公開するとか電子ファイルをダウンロード可能にするという方法ではなく、数に制限のあるファイルをみんなが並んで順番待ちをして見るというやりかただ。

また、図書館の貸し出しと同じシステムを使って何らかのデジタル・コンテンツ製品をまるで回覧するようにして広めることもできる。その際に、利用した人のコメントや改良点などが次々と付け加えられていくといったようなしくみも可能だろう。

電子書籍が広まるようになって、アメリカの読書好きの間での不満は家族や友人に本を貸せなくなったことである。そのため、アマゾンは1回限りの貸し出しを可能にしたりしている。また、日本でもそうだろうが、本当の本好きは図書館で本を大量に借りる。だから購入よりも「貸し出し」は、「慣れた」人々が用いている利用方法でもある。

何かそこに、デジタル時代の未だ見ぬ可能性があるように思うのだが、どうだろう。