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2007.08.28より良い解決策へ繋げるデザイン

五十嵐様写真   IGARASHI DESIGN STUDIO

 デザイナー

 五十嵐久枝氏

 

 

自然にさりげなく人を惹き付けるデザインがしたいと語る

デザイナーの五十嵐久枝さん。

「かたち」だけではなく、そのものが使われる背景にある人や環境、社会、

さまざまな要素の関わりや繋がりについて考えることを大切にしておられます。

そんな五十嵐さんのデザインに潜むエクスペリエンスデザインについて探っていきます。

 

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経験の積み重ねがベースになり、仕事の領域が広がっていく

―――五十嵐さんの現在のお仕事内容について、 具体的にどのようなことをされているのか教えていただけますか。

インテリアデザイン、主に店舗デザインを多く手がけています。店舗の中でも物販という飲食ではない分野がメインになっています。 その他には家具デザイン、これはホームユーズのものを多く手がけていますね。活動内容は広いのですが、 色々な活動をする中で自分のデザインの範囲を広げていくことが自然なかたちのように思っています。 今までインテリアや店舗のデザインを手がけてきて、そこで積み重ねてきたことをベースにしながら広がっていく、 そういう仕事の流れが私の中では自然になっているのだと思います。

 

例えば、一つのペンをデザインして、このペンを置くテーブルもデザインしたくなって、インテリアがデザインしたくなって、 環境がデザインしたくなって、というふうに繋がっていくことが必然ですし、またかたちを追究するだけではなくて、 どうしたらもっと便利で使いやすくなるとか、世の中におけるデザインの在り方とか、 そういうことも仕事をしていく中で見つけられることがあると思うんですね。 そうすると、じゃあペンではなくて、書くという行為ではないのか? ということを考えたりするわけです。 書くという行為がどういうことで必要なのか? もし動きだけで書くことを表現できたら小さい子どもでも使いやすくなるのではないか?  何かの作業をしながらでも使えるのではないか? という風に広がっていくので、多種多様な関わりが出てくると思っています。また、 お客様とのつきあいの中で全く違う業種の方と関わることになったときに、反対側を考えるきっかけができて新しいものへ繋がることもあります。 なので、変化するということは私にとってすごく自然なことなんです。

家具1

 

 

 

 

 

 

 

 

できる限り多くの情報を引き出すために、

直接会うことが不可欠

―――お仕事のプロセスにおいて大切にしていることを教えていただけますか?

お客様のお話を色々と聞かせていただきたいので、まずは直接会うことが不可欠ですね。そこからコミュニケーションが始まるので。 コミュニケーションは内容によってはたくさんとる必要があります。自分があまり経験したことのない場面、 例えば病院の設計などの専門分野になると、自分の想像だけでは足りないことがあります。そういうときは考える時間、 構想を固める時間というのが必要になってきます。一度や二度会うだけでは先方も想いを伝えきれなかったり、 細かいことは他の専門の方と話した方が良いとか、最初は重要ではないと思っていることも後々重要だと気づいたり、 色々話していく中で気になることや印象に残ったことを抽出していくと、それがデザインの中でキーとなることもあります。 見えない部分がものに変わることもあります。自分で経験することができたらベストなのですが、それも全てにおいては不可能なので、 なるべく自分がその側に立つために、コミュニケーションが必要なのではないかと思っています。 逆に想像できるような人がユーザになる場合であれば、そこに時間を割くよりも、 もっとこういう世界はどうですかということを提案した方が良い場合もあると思いますね。

 

また一度提案をすることによって、次が見えてきます。最近は求められることも複雑になっているので、一つ提案が出ることによって、 何が満たされていて、何が足りなくてというのが見えてくるんです。その優先順位が、 私が思っていることと先方が思っていることにズレが生じることもあるので、そこを一つの基軸にして次にどのように動かしていくか考えたり、 根本的な考え方がズレていればそこを調整するために第一の提案があると考えています。

 

 

大切にしているのは「惹き付ける力」を持つデザイン

―――デザインをする上で、 どのような視点を大切にされていますか?

お客様を吸引する力、惹き付ける力がデザインをする上でとても大事になってくると思っています。 極端なデザインでそのきっかけづくりをするのではなく、何気ないところですっと惹き付けるものをつくっていきたいと思っているんです。 実際にユーザの側に立って考えてつくっていくこともありますし、逆にユーザが今まで経験していなかったけれども、 興味を持ってもらえるのではないか、というところに想像を膨らませることもあります。 自分たちがユーザ側に浸ってどういうことに関心を持ってもらえるかということを考えるんですね。

そのためにも、絶対にこうでなくてはいけない、 という観念的な見方はしないことですね。自分の中でこれで良いのだろうか、この姿がベストなのだろうかと問いかけて考えることで、 また別の意味でもっと良い方向に向かっていくのではないかと思っているんです。それから、スタッフと話したり、 意見を聞くことも大切にしています。最終的には自分が納得できることを決断するのですが、やはり、 独りよがりになってしまうと何かに陥ってしまうような感じがするので、 なるべくスタッフとオープンに話し合うことができる環境が望ましいと思います。

空間2

 

 

 

 

 

 

 

 

デザインを通して何かをより良くするための

きっかけを与えたい

―――五十嵐さんにとってのデザイン、 またはエクスペリエンスデザインとは何でしょうか。

私にとってのデザインとは自己満足というものではなくて、 無から有を生むことで何かの役に立てるということになれば嬉しいという気持ちがあります。そこまではいけないにしても、 何かきっかけを与えることができるかもしれないというところが魅力なんですよね。ものをつくるということは、本能的な行為だと思うのですが、 私には3Dのものづくりの仕事がとても性に合っているんです。

例えば、happiという 『企業とデザインの結び』という大きなテーマに基づいた活動を8名のデザイナーの方々としていて、今年は『ITとデザインを結ぶ』 をテーマに異なるコンセプトを持つ4つのチームを編成しました。 今の世の中はコミュニケーションが薄れているということが事実としてあります。でも安易に原点に返るのではなくて、 今の時代にあった返り方をしないと全ては受け入れ難いのではないかと思うところがあって、 もしかするとITとかデザインがそのお手伝いをできる可能性があるのではないかということで、 そこを探るプレゼンテーションの場として提案型の展示をしました。ここで発表したものがこのまま商品になるかというと、 もうちょっとブラッシュアップする必要があるのですが、 この活動を行なうことによってそれを使いたいなという人たちの様々な意見がもらえるので、 そういう人たちがどのくらいいるのかなんとなく推測できれば、商品の可能性がどんどん高まっていくんですよね。 スケッチでも表現はできますが、そこにものがあることで、インパクトの強さ、影響力が出て、触ってみようと感じたり、 理解力もぐんと増します。一番良いのは、そこに“もの”があって、そこに解説してくれる人がいてコミュニケーションができると、 “もの”がどういうことをしようとしているかということが一番よくわかります。もの自体が少し複雑になってきているので、 それがコミュニケーションのきっかけになるとそれもまた良いのでは? という思いもあったわけです。 happiの活動の中で痛感したのは、 伝えるということの難しさです。 そこで一番必要なのは人と人とを直接コミュニケーションさせるということが一番効果的だということがわかりました。

happi_1

 

 

 

 

 

 

 

 

子どもと大人、社会をつなぐことを考える『コドモトモ』

―――五十嵐さんが現在参加されている、 または最近手がけられたプロジェクトについて教えていただけますか。

happiの活動の一貫で、今年は「コドモトモ」というチームを結成し、大治将典さんと 『子どもと大人を結ぶ』というコンセプトで取り組みました。 二人とも小さな子どもがいるのですが、 大人にもう一度子どもに関心を持ってもらって、子どもとのコミュニケーションを持てる機会を増やすきっかけづくりになればと思いました。

一つは、企業や自治体が子どものためにワークショップを行なったり、会議室を利用して大人も一緒に座りながらそこで語ったり、 ゲームをしたり、それを助けるものや装置があることによって、そこに集まって何かをしようという気持ちが湧く。 デザインの力で何かが起きるということに繋がるのではないかと考えました。そういうものを持って、 コミュニケーションのイベントを開くことによって、育児をしている人でも社会と関わる接点ができたらいいなと思ったことがきっかけです。 大治さんは子供用のすぐ片付けられるスツールを、私は折りたたみ式の小さな可動テントの中に入れられるマットや、 パーテーションをデザインしました。持ち運びができるので、広げたい場所でぱたっと広げられ、 葉っぱのような有機的で楽しげなかたちをしているので、 広げると何か楽しいことがそこで起こるぞという思いをその場にいる人たちみんなで共有できるんですね。また、 マットであれば子どもの成長によるサイズのバリエーションを考えなくてもよいという利点がありました。

テント

 

 

 

 

 

 

 

 

ITの側面では、『子どもと大人を結ぶ』活動においてセキュリティ的な役割を果たすために、 数分ごとに子どもの様子の記録をとって両親に配信できるシステムを考えました。保育園に子どもを預ける場合、 一定の体温を超えてしまうと預けられなくなるという規定があるんです。でも仕事を休めないお母さんもいますよね。 そういったお母さんたちを助ける病児保育という制度があって、そういう子どもたちを預かっていただけたり、 様子を見に行ってくれるんです。その場合、定期的に体温を計らなければいけないという決まりがあります。 それを嫌がる子どももいて結構大変な作業になるので、私は腕にまきつけるブレスレットのような体温計を、 大路さんはシールタイプの体温計をデザインしました。体温計は無線でコンピューターとつながっていて、 定期的に体温の上昇をキャッチし、保育所と、お医者さんにデータが流れていきます。 急に熱が上昇した場合は両親に緊急連絡がいくという、親が子どもの熱を探知できるシステムと器具が合致したものをめざしました。 happiの活動には企業との結びが大きなテーマとしてあって、 今のようなことは企業と組まないとできないんですね。世の中の裏側はとても複雑なので、 個人のデザイン事務所にできることには限りがありますから。

体温計

 

 

 

 

 

 

 

 

フレキシブルなディスプレイ空間を実現した『LuncH

――― 一番多く手がけている空間のお仕事から代表作品を一つ紹介していただけますか。

アパレル系のショップのデザインはレギュラーな物件として、ずっと続けていますが、その中で『LuncH』という10代~20代後半の女性と、 カップルをターゲットにしたアンダーウェアショップを最近手がけました。 『8坪』というコンセプトで、アパレルの店舗の中でもかなり小規模のお店なのですが、 あえて隙間のような場所に出展するというコンセプトが非常にユニークでした。 新しい試みとしてお店の壁面全体に350角のパネルをハンギングできるシステムを取り入れました。棚になっていたり、 ハンガーのパイプが着いていたり、グラフィック的な刺繍のワッペンが展示されていたり、 壁という機能と什器という機能が合わさって、色々なバリエーションを持たせることができます。 壁にパネルをハンギングするだけでお店ができていくということなのですが、特徴として簡単に入れ替えができます。 明日ハンガーの位置を入れ替えて、シャツを横一列に並べてフェアをやりたいと考えたら、すぐに出来てしまう。パズルというか、 おもちゃのような機能が壁一面にできているんですね。アパレルの店舗は、 2週間おきくらいでディスプレイを変えていくのがノーマルなスタイルなので、 可能であればちょっとした変化というのは毎日でも取り入れたいというのが心情としてあります。ディスプレイを変えたり、 商品を並べる位置を入れ替えたり、そういうことは日々あることなんです。 そういう作業をスムーズにさせることができる機能はないかということで取り入れました。お店のかたちは、正方形だったり、 L字形だったりするのですが、その小さなスペースの中に350角の壁をつくって、 カウンターと通路をつくると残りが自然に商品を並べたり、アイロンプレスをするワークテーブルのかたちになるんですね。 お店ごとにかたちは違うけれども、コンパクトだからこそ共通のルールができているので、 不思議なかたちができたりしてとても面白いです。もし、このお店が引っ越しをするときには、 このハンギングシステムを全部持って行くことができます。イニシャルはある程度かかりますが、 色を塗って変化をつけることもできますし、転用していくことができるんですね。 この作品は結果的に2006年のJCDデザイン賞の銀賞をいただくことができました。

LuncH2

 

 

 

 

 

 

 

 

五十嵐さんの視点で選ぶエクスペリエンスデザイン

―――最後に、五十嵐さんおすすめのエクスペリエンスデザインが感じられる場所やプロダクトなどがあれば教えてください。

切手のデザインは前から気になっていますね。切手自体は2次元なのですが、はがきに切手を貼って、切手が自分の手を離れて、 色んな人の手から手に渡って、最終的に目的の人の手に渡る、その行為が3Dですよね。 最近は宅急便が主流になっていたり、あまり気にせずに切手をぽんっと貼る方もいると思いますが、 切手が好きな方は受け取る人のことを考えて絵柄を選んだりしますよね。そこに想いを託せるという。 そういうシステムがあるために、ただ切手を一枚貼るだけで、人の手から手に渡っていくということがすごく夢があるなあと。 海外まで渡ってしまうんですよね。海外から届いたはがきの切手を見るとその土地の空気まで運んできてくれたような気がしますね。 自分の中で距離を感じることができたり。その切手の世界が好きなんです。

 

―――ありがとうございました。

 

happi HP http://happi8.jp/index.html

LuncH HP http://www.une-nana-cool.com/lunch/index.html

 

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五十嵐久枝氏プロフィール

東京生まれ

1986         桑沢デザイン研究所インテリア・ 住宅研究科卒業

1986 91  クラマタデザイン事務所勤務

1993     イガラシデザインスタジオ設立

1996      桑沢デザイン研究所非常勤講師

2002     グッドデザイン賞 審査委員

IGARASHI DESIGN STUDIO HP http://www.igarashidesign.jp/

 

[賞歴]

1994  CSデザイン賞 金賞 〈SOIR DE PARIS〉 展

2002  10回 桑沢賞

2003  グッドデザイン賞〈タンゴチェスト〉

2004  グッドデザイン賞〈baguette チェア、 ベッド、チェスト〉

 JCDデザイン賞 奨励賞 〈DOWN TO ART

2005  グッドデザイン賞〈Bourgmarche

2006  JCDデザイン賞 銀賞 〈LuncH