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2007.12.21ユビキタスと未来のデザイン

morikawa2  東京大学先端科学技術研究センター 教授 

  工学博士

  森川博之氏

 

 

情報ネットワークやコンピュータなどの先進技術が

私たちの生活の中に自然なかたちで遍在し、

人々の快適で豊かな暮らしをサポートしてくれる環境、それがユビキタスです。

今回はユビキタスの研究をされている森川教授に

未来というまだ見えていない世界に向けて、

どのように人間中心のユビキタスデザインをされているのか、お話をうかがいました。

 

 

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ユビキタスとは

――まず始めに、 森川教授が取り組んでおられるユビキタスについて教えていただけますか。

ユビキタスとは、情報ネットワークやコンピュータが私たちの生活に溶け込み、ユーザがいつでも、 どこでもその存在を意識せずに自然に利用できる環境を表しています。今後はユビキタス環境が整っていき、 ユーザを取り巻く状況に応じて適切なサービスを提供できるようになっていくと考えられています。

例えば、レクサスにi-podを持ち込むと、車体に接続しなくてもi-pod本体がスピーカーを感知し、 自動的に接続して音楽を流してくれる。介護施設や一般家庭にセンサを設置し、 行動パターンや生活パターンをモニタリングできるようになり、ユーザが潜在的な行動パターンを知ることができるようになる。 携帯がヘルスケアチェック機能を搭載した端末になり、センサでユーザの生体情報を読みとり、 その人の健康状態や運動状態を教えてくれる。というように、 ユビキタス環境が整うとさまざまなユニークなサービスが実現可能となります。

Synapse

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユビキタスの将来像

――現代の社会はすでにそういった流れになってきているということでしょうか?

そうですね、ユビキタス実現に向けた世界の流れは今大きく2つにわかれていると私は考えています。 今騒がれている次世代Web「Web2.0」が一体何なのかということを見たときに、 私は2つに集約されていると考えているんです。1つはYou Tubeに代表されるような、動画などのコンテンツを集めること。 コンテンツを集める機構をうまく作れば、私たちでも新しいWeb2.0の企業が作れます。もう1つ重要なのは、 個人情報を集めることです。ユーザが何を購入したか、 何に関心を持っているかといった個人情報を一元的に集積することができれば、膨大な情報と分析が可能になり、 またその情報を活かしたビジネスにもつながります。「Googlezon」をご存知ですか? もし、 GoogleとAmazonが合併したら・・・、という仮想のシナリオなのですが、 Amazonはユーザの購入履歴を把握しており、 ユーザが何をしてきたかということが全てわかります。 Googleはキーワードというかたちで、 ユーザが何に関心を持っているかを把握できます。更にGoogleメールで、 メールの内容まで解析したとすると、 Googlezonに個人情報が全て一元的に集積されてしまいます。 そんな世界が考えられなくはないのです。 すでに行なわれている実例としては、アメリカのベンチャー企業のIMMI (Integrated Media Mesurement Inc.)が、携帯電話を無料で配布するかわりに、 ユーザに30秒に5秒携帯電話をオンにしてマイク機能で周囲の音を録音させています。これは、 そのときにテレビが流れていたらどのチャンネルを見ているのか判別できるので、その情報で視聴率を調査しているのです。 このように将来的には個人情報を出すことで、メリットのある便利なサービスを使えるといったことが予測できるのです。

 

――ユビキタス社会実現に向けて森川教授の研究室では、どのようなことに重点を置いて研究を進められているのか教えていただけるでしょうか。

今後のユビキタス研究のポイントはいくつかありますが、まず1つは、 家から街へ出て行くシナリオが考えられます。音楽、映画、ゲーム、コンピュータ、これらは全て大きな施設から家に、家から車に、 そして街に普及していきました。技術開発者は今後の研究においても、街に出て行くシナリオを考えていくことがポイントとなります。 携帯型ゲーム、ニンテンドーDSの「すれ違い通信」が一例ですね。ニンテンドーDSは電波を発信することができ、 近くに同機種がいることを探知できます。街で「すれ違い通信」モードにすると、プレイヤー同士が近くにいると自動的に通信し、 情報をやりとりすることができるのです。次に、個人化も今後は重要になっていきます。先にも挙げたように、 センサによってユーザの情報や行動パターンが記録できるため、信号待ちをしている人に広告を配信したり、 電話がかかってきたらテレビの音量が自動的に下がったり、 個人のコンテキストに合わせたサービスの提供も視野に入れた研究開発を進めています。 それから実空間と融合させる研究開発も重要なポイントです。実空間情報を取得するセンサノードを作り、 センサとネットワークをつなげることで、実空間の情報をネットワークへ入力できるようになります。また、 ユビキタスが実現すると、あらゆる場所にコンピュータがあることになるので、 消費電力を減少させることも考えなければいけません。そこで「Buoy」という携帯電話につけるモジュールを開発しました。 シティバンクのATMが近づいたらブザーで教えてくれるなど、 身近にあるデバイスやサービスを、 少しの消費電力で発見できるのです。そのようにさまざまな視点から研究、開発を進めています。

BUOY

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来のニーズは潜在化している

――ユビキタスについて、大きな流れを理解することができたのですが、 研究を進めるにあたって、ハードルとなっていることは何でしょうか?

新しい技術で何ができるのか、ユーザにとって何が嬉しいことなのかということは、実際に使ってもらうまでは説明できないという点ですね。 ユーザは今の技術である程度満足しているので、評価をしていただいても、新しい技術は大抵必要ないと言います。センサと聞くと、 プライバシーがこわいと言われたり、新しい技術に抵抗してしまうんですね。それが欲しいかどうかは、普及して、 使ってみて始めてわかることなんです。開発中にはなかなかわからない。ですから、社会に展開するとなると、 なかなか先のことは予測できないというのが正直なところです。逆に予測できないことから、面白いものが生まれてきたりするので。 そこが私たち技術者にとって非常に悩ましいところでもあります。

 

――今の時点で見えていることはあるのでしょうか?

今後、センサが張り巡らされていき、センサ情報がインターネットに接続されていくだろうということは大体見えていて、 おそらく実現すると思います。でも、その上で何をするかが見えてないんですね。インターネットも20年前は電子メールとファイル転送だけでした。 今のような時代が来るとは誰も思っていなかったわけです。インターネットというプラットフォームがあったから、 Webというものを作って一気に普及し始めたわけです。それと同じように、 ユビキタスもプラットフォームさえ作っておけば誰かが面白いアイディアを思いつく可能性があります。もちろん、 私たちがウェブに匹敵するようなキラーアプリケーションを作ることができれば一番良いのですが、 それができなくてもプラットフォームを作れば誰かが面白いアイディアを持ち込んでやってくれるのではないかというスタンスで研究をしているところがありますね。

 

 

何をしようとしているのか、 伝えることが大切

――未来のニーズは潜在化していて予測できないということだったのですが、 では未来のユビキタスの研究開発はどのようなプロセスで進めているのでしょうか。

今研究している技術開発が本当に普及するのか、本当に面白いのかはわからなくても、色々な可能性があるだろうとは思っているので、 色々な切り口から研究開発をして、実証実験をして、色々な方に見ていただいて、そこから何か芽が出てくるといいなと思っています。 そのために秋葉原に実証実験スペースを開設して、定期的に開放して研究成果を見ていただいています。色々な方に見ていただいて、 知っていただくことが大切ですから。そうした研究成果を発表する場を通して、対話をすることで少しずつ方向性が見えていくんです。また、 特殊な技術は専門性の高いジャンルから発展していくことが多いので、介護などの分野から浸透させていき、 それから一般家庭に入っていくという流れになると思います。そのようにリードユーザをどう見つけるかというのも私たちの重要な仕事です。 それを見つけるのが難しい。色々なところにアンテナを張って、情報を集めなければいけません。

秋葉原2

 

 

 

 

 

 

 

――森川教授も参加されている産官学共同研究開発プロジェクト「Ubila」では、 2008年と2015年のユビキタス社会の映像を制作し配信していて、とてもわかりやすく興味を持てました。 どのようなプロセスで、未来のシナリオを作られたのでしょうか?

博報堂が進行役になり、技術者を集めて情報の吸い取りを行ないました。始めに、 200件くらいの新聞記事から興味のある記事を10件ピックアップする、 次にその中で使われている技術を選んでいく、というように1時間ごとに課題が与えられるんですね。そのデータを集め、 統計分析をすると、未来の技術の方向性がだんだんと決まっていくんです。 そこから映像を録るときの場所や登場人物についてまた質問に答えていくという形式をとりました。1時間に1つの宿題が出されて、 それをこなしていくという、一年で一番頭を使った瞬間です(笑)。

 

「想い」 を持った技術者が必要となる質の時代

――ユビキタスを推進するにあたって、今後研究開発者に何が求められていくのでしょうか?

今は、未来のことが正直なところわからないので、私たちはわからないことばっかりやっているのか?という状況にあります。 そこで何が必要かというと「想い」なんですね。これが重要なんです。たとえば、我々は今までインターネットをもっと高速にしようとか、 定量的な方向で進んできました。でもそれはもうやればできる時代です。これから重要なのは、 新しい特性や品質を生み出していくことだと思います。もう量の時代ではなく質の時代なんです。

品質には性能品質と、当たり前品質と、魅力品質とがあって、 我々技術者は今まで性能品質と当たり前品質を実現するために研究を進めてきました。けれど、 これからはだんだんと魅力品質が必要になっていくと思います。i-podが典型的な例ですね。 性能品質は日本の会社は簡単にできてしまう力を持っています。しかし、 i-podのような魅力品質が求められるようになってきて、デザインというと少し広いのですが、 デザイン的な感覚が私たちにとっても重要になってきています。デザインができるということになると、 センスのある人が必要になります。そうすると、センスのある人たちが入ってくるように、 工学部のイメージを変えていかなければならないですよね。建築学部では、 建築は構造力学といって数学がわからないとだめでしたが、次第に人間との接点が出てきて、芸術に高められていったわけです。 結局のところなぜこれをやったのかという「想い」ですよね。そういった哲学的な説明があって、評価される。 工学もそういうフェーズに移りつつあるのではないかなという気がしています。 今後技術のイメージががらっと変わっていくかもしれないという期待はあります。

 

――キラーアプリケーションを考えだせそうな人というのは、 工学以外の分野でどの分野から出てきそうですか?

文系の色気のある人から出てくると思います。でも、未来のものについては技術のことがわからないので、そこは文系からは出てこない。 技術に絡むとしたらやっぱり技術者からしか出てこないでしょうね。私の理想は技術者で、 世界を変えてやるぞという意気込みを持った色気のある人がもっと増えることです。技術者はおとなしい人が多いので、 そういう流れにぜひもっていきたいなと思っています。まだ見えていない未来の世界をどう作るかということを考えていくためには、 説明も重要ですし、将来を夢想する力も重要ですし、将来をデザインするセンスも必要なので、多方面の能力が求められますが、 そういう力のある人が集まって来ると楽しいですね。

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人間主導型の技術開発

――ユビキタスを推進するにあたって、 人と技術の本質的な関係を探ることも1つのテーマとなっていますが、テクノロジー主導ではなく、 ユーザの視点をどのように取り込んでいますか?

ユビキタスの提唱者であるマークワイザーが「禅の心」と表現していたのですが、技術を表に出さないということが我々技術者の理想です。 一番簡単な例は眼鏡で、眼鏡をしている人は眼鏡のことが全く気にならないですよね。 そのように違和感なく溶け込ませるための技術開発というのが最終ゴールとしてのユビキタスなんです。そうしていくと必ず「人」 という問題が出てきます。単にものを扱うだけではなくて、人が使うとか、人が喜ぶ、という視点が出てくるので、 今までの技術開発とは少し違ってきます。もののことも分かって、人のこともわかる人材が必要になります。

例えば、建築やインテリアとユビキタスの融合を考えると、自分の気分に合わせて空間の色合いが変わってくるとか、 窓の丁合いが変わってくるとか、壁が全てガラスでできていて、それが自動的に遮光してくれたり、そこにテレビを映すこともできる。 そういうことが人間にフレンドリーなかたちで、自然にできると、建築も面白くなっていくと思うんです。

 

――自然にというところが重要なんですね。

そうです。おしつけがましくないこと。そんな背景を踏まえて、やはり人間主導型の技術開発が、 重要なファクターとして大きくなってきている気がします。そうなっていくと工学部という名前ではなく、 いっそのこと芸術学部にした方がいいかもしれない。考えようによっては、我々が作っているものも作品なんですね。 例えばユーザの状態に合わせて広告配信するというのも1つの作品ですよね。建築がたどってきた道と似ています。 これからは私たちの成果の発表の仕方も論文ではなく、作品展示会にしたらどうかと。そうなっていくと楽しくなると思うんです。 幕張メッセとか東京ビックサイトとか、そういった場所で展示会を開くと、色々な方が来られてコミュニケーションが生まれるので。

 

校外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自然との調和が究極のエクスペリエンスデザイン

――エクスペリエンスデザインが良いと思う場所やプロダクト、 サービスなどがありましたら教えていただけますか。

エクスペリエンスデザインが素晴らしいと感じる場所は、それは自然に溶け込んでいる場所ですね。自然に感じるものって究極な気がします。 なぜかと言うと自然から学ぶことって多いと思うんですよね。ぼく自身が望んでいることなんですけど。例えば、タイとラオス、 ミャンマーが国境を接しているゴールデン・トライアングルという地帯にフォーシンズンズホテルがあるんですね。 ジャングルの中に洗練されたリゾート空間があって、両方経験できてしまうという。それから、直島にある地中美術館も、 自然との一体感があって非常によかったですね。人工的なものも良いのですが、おそらくどこかでまた戻って、 そういう温かみとかを求めるようになるでしょうね。技術のデザインでその気持ちをサポートすることができていくようになるといいですね。

 

それから、私自身がいて安心できる場所はICT技術のないところですね。私自身がICT技術の中毒みたいな状態になっていて。 最近はマクドナルドやモスバーガーでもインターネットができるので、便利だなと思う反面、 それが本当にいいことなのかなとも思うんです。電子メールの処理にいつも追われて、毎日完璧に処理すると3時間か4時間かかる。 それだけ処理していて、なんか無駄だと。リゾートに行ってもやってしまうんでしょうね。使い方の問題なのかもしれませんが、 技術が人間の生活のキャパを超えてしまっている気がします。何かが変わってきてしまっているんですよね。 昔ファックスを使っていた時代にはこんなことはなかったですから。皆さん忙しくなって幸せになっていればいいのですが、 なっていないですよね。そこが私たちもどこかで考えていかなければいけないな思うところですね。

 

――ありがとうございました。

 

 

東京大学森川研究室

http://www.mlab.t.u-tokyo.ac.jp/

 

Ubilaプロジェクト

http://www.ubila.org/

 

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森川博之氏プロフィール

1987年 東京大学工学部電子工学科卒業

1992年 同大学院博士課程修了

1997年~1998年 コロンビア大学客員研究員

2002年~2006年 NICTモバイルネットワークグループリーダ兼務

現在、東京大学先端科学技術研究センター教授

専門はコンピュータネットワーク、モバイルコンピューティング、

無線ネットワーク、フォトニックインターネット等。

電子情報通信学会論文賞、情報処理学会論文賞受賞ほか。

総務省情報通信審議会、国土交通省交通審議会専門委員等。