デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2005.01.14ピクサーの強みを支えるデザイン

ピクサー・アニメーション・スタジオは「トイ・ストーリー」「バグズ・ライフ」「モンスターズ・インク」「ファインディング・ニモ」など、新作ごとに先進的なCG技術を披露して世の中をあっと言わせてきた。この冬もディズニーとの共同制作4本目「Mr.インクレディブル」が好評だ。子供向けのアニメーションのようだが、登場するキャラクターの性格が色濃く、大人もCGであることをつい忘れて「こんな人いるなあ」と思いながら一緒d_04_Pixar2に笑って楽しめる。

ハリウッドのショービジネスの喧騒から距離を置いたサンフランシスコ近郊にあるピクサーは、その知名度からすれば決して多くない約700人のスタッフで、複数のCGアニメーションをリリース時期をずらして同 時進行で制作している。一本のCGアニメーションの制作には数年かかるため、一作一作の成功が企業の存続にかかわる。そんなハイリスクの業界において、なぜ同社は先頭を走り続けることができ、かつ作品が毎回ヒットするのだろうか?その秘密は、ピクサーの制作方法の2つの特徴にある。

ひとつは同社が、CGの制作ツールから自社開発していることだ。一般にCGアニメーションはモデリング、衣装、振り付け、レイアウト、ライティングなどの制作部門に分業される。それらを一貫してコンピュータで行うための制作ツールが、同社が開発してきたマリオネットだ。ただマリオネットのような複雑なツールの機能は多岐にわたると同時に、実際に使うのはアーティストであり、ツールの内部まで精通しているわけではない。そのためスタジオツール部門はマリオネットを開発するだけでなく、インターフェースデザインの専門家まで雇ってユーザビリティの向上に多大な努力を払っている。

カロン・ウェーバーはPARCやシリコン・グラフィックスなどでユーザ分析をしてきた経験を活かして、マリオネットのインタフェースデザインを担当している。彼女の仕事はスタジオを回ってスタッフの作業を観察し、ツールの新しい機能をテストし、改良への仕様を作っていくことだ。ただアーティストの作業の仕方には、例えばあるアニメーターはキーフレームごとに動作を設定するが、別のアニメーターは1フレームごと、また別のアニメーターはキーフレーム間のモーションカーブを直接操作するという具合に、それぞれ個人の流儀がある。そのためマリオネットのインタフェースデザインでは、一つのやり方を強制することはできない。カロン・ウェーバーは「マリオネットの挑戦は、それぞれのユーザの独自の仕事の仕方をサポートできるインタフェースデザインにすることだ」という。ピクサーが開発したもう一つのツールであるレンダーマンは、最終的な映像を一コマずつ描画するもので、こちらはブラックアートと言われるほど使うのが難しいので専門家が必要である。逆にレンダリング以外の作業をマリオネットで容易にすることで、必ずしもCGの専門家でないアーティストが高度な制作作業を分業できる環境を提供できているのだ。

ピクサーのもうひとつの特徴は、ストーリーづくりに非常に時間をかけていることだ。ストーリー部門では、アーティスト達が小さめのノート程の紙に次々とスケッチを描き、広い部屋の壁面にびっしりと張り出してストーリーを考える。この手作業でストーリーの細部からキャラクターの服につけるバッチ一つに至るまで、何通りもパタンを作って検討していく。およそ4年間の制作期間のうち、スケッチをつなぎあわせた映像に声を入れたストーリー・リールをつくるエディトリアルまでに、なんと2年間もかけている。その結果、いたるところジョークをちりばめながらも、密度の高いストーリーに仕上がっている。CGはあくまで物語性を演出するための技術であり、何度も繰り返してみたいと思わせるのはストーリーがしっかりとしているからなのである。

ピクサーは一見、特殊な業界の特殊な技能集団のように思えるが、デザインの面から見るとそのアプローチには普遍的な成功要因があると思う。すなわち、コンテンツ(サービス)の質を決めるのは受け手の記憶に残るストーリーだということを一貫して意識していること、そしてそのストーリーの演出にスタッフが専念できるよう、必要ならばツールから自前で作るという態度だ。次に公開予定のカーズでディズニーとの5本の共同制作契約が終わるときが経営的には一つの節目になると思うが、制作方針は今後も変わることなく続いて欲しいと思う。