デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.11.10デザインとエモーション

先日、デザインとエモーションという会議に参加する機会があった。主催はオランダのデルフト工科大学を中心とするグループで、 1999年から約1年おきに同会議を開いて今年で第6回になる。開催地の香港にはヨーロッパ、アメリカ、アジアから200人ほどが集まり、 この分野の関心の高さを示していた。

デザインとエモーションとは、デザインが人間に与える影響を感情の面から理解しようとするものである。感情といってもさまざまで、 崖に立って下を見るとおなかのあたりで不安を感じるような身体に直接来る情動(emotion)もあれば、 ある風景を懐かしく思うような主観的な気持ち(feeling)もある。心理学ではこれらを区別しているが、 今回の会議のようにデザインとエモーションという場合には、エモーションという言葉を広く感情全般を指すものとして使っているようである。

エモーションという観点が広まったきっかけのひとつはドナルド・ノーマンの著書『エモーショナル・デザイン』(2004)だろう。 ノーマン教授は『誰のためのデザイン?』(1988)とそれに続く著書で、なぜ使いにくいデザインがあるのかをアフォーダンスで説明した。 人間の記憶や思考などの特性に合わせてうまく目的を達することのできる状況を作るのがアフォーダンスである。これに対してエモーショナル・ デザインでは、たとえば好感を持ってコンピュータを使うと同じ作業でも効率が良くなるというような、 最近の感情に関する認知科学の成果を参考にしている。エモーションは思考の邪魔などではなく、知的活動の一部なのである。

ノーマン教授は人間の情報処理を、条件反射のような本能(visceral)レベル、 車の運転のような行動(behavioral)レベル、 新たな学習が起きるような内省(reflective)レベルの3つに分けて説明している。これをデザインにあてはめると、 本能レベルでは物の色や形、行動レベルでは機能や使う楽しさ、内省レベルでは個人的な記憶などが対応する。 ちなみに本能レベルのvisceralという言葉は身体に直接沸き起こる感情という意味だが、これはもともと映画監督で著述家であるジョン・ ブアスティンが使った言葉から来たそうだ。映画を観ている人は役者になりきってストーリーに没頭しているわけだが、 その根底には直接視覚や聴覚を揺さぶってくる刺激に身を委ねている。ノーマン教授もエモーショナルデザインで、 視覚や聴覚レベルの重要性を強調しているのである。ちなみにノーマン教授はエモーショナル・デザインに続く著書『The Design of Future Things』で、機械も本能レベルを持って危険などを察知できるようになれば、 安心して車に運転を任せられるようになるだろうと、未来の機械とのインタラクションについて思いを巡らせている。

今回のデザインとエモーションの会議の中で特に興味深かったのは、製品の扱いについての発表であった。 ソニーで製品マニュアルを担当しているマシュー・フォレスト氏は、家庭内で家電製品の使い方を教える役割にあるテクノロジー・リードが、 家族が困ったときに操作手順を書いたマクロをデジタル家電ネットワーク越しに送って実行してあげるというアイディアを発表した。 このアイディアは、人は頼りにされると期待に応じたくなるという人間の気持ちをうまく利用していて、 使い方によっては家族関係も楽しくすることができるだろう。

上の例のように感情について考えていくと、デザインの社会的な面に目を向けることになる。 今回の会議ではノーマン教授が冒頭のキーノートスピーカーとして話題提供をしたのだが、 話題の大半は社会性のあるデザイン(sociable design)についてであった。 たとえば銀行のカウンターに置かれたコンピュータは、座っている担当者の側から見るときれいにデザインされているが、 顧客の座る側から見ると何重にもからまった配線がむき出しで見苦しい。このような一方だけから見た満足は社会的とはいえないのである。

従って社会性のあるデザインのためには、複数の視点が必要になる。そして特にサービスの場合には、その視点が連鎖になっている。 たとえばカウンターの担当者は顧客の希望を聞いて何らかのサービスをする。ところが情報システムにとってみると、 今度はカウンターにいる担当者がサービスの対象であり、そこで発生する処理を遂行することがサービスになる。 こういう多面的な視点を切り替えられるようになるのが社会性のあるデザインの鍵だといえる。ノーマン教授は現在Sociable Designという新著を執筆中とのことで、今後の考察の進んでいく先を楽しみにしたい。


 

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マトリョーシカ人形に例えてサービスの連鎖を説明するノーマン教授。ひとつのサービスの成り立ちを開けて見ると、 その中にはさらに別のサービスが含まれているという連鎖がある。