デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2008.12.11環境知能

少し前のことになるが、2006年にNTTコミュニケーション科学基礎研究所の外村佳伸氏、前田英作氏らが「環境知能シンポジウム」 を開催した。環境知能とは、情報通信技術が我々の生活環境のなかに密接に入り込んで、安全を見守ったり、記憶を助けたり、 会話を円滑にしたりする役割を果たすことである。

朝起きてから冷蔵庫のメモを見て今日の用事を思い出すように、人間は自分の頭だけでなく、環境とのやりとりのなかで活動している。 そこで人間の活動を助けるためには、環境のほうを賢くするという考え方ができる。そのときコンピュータは環境のなかに溶け込み、 必要なときだけ出てくるようなアンビエントな存在になる。

NTTコミュニケーション科学基礎研究所のグループは、そのようなユビキタスコンピューティングの延長上に、 さらに環境知能によって人間に安心感や温かみをもたらすことをめざしている。ただし彼らは現在の技術の延長上よりも、 これまで技術が取りこぼしてきたことに注目していて、それを妖精・妖怪という言葉で説明している。同グループが「環境知能の提案」 として出した論文は情報処理学会設立45周年記念論文に選ばれているが、その正式タイトルは「妖精・妖怪の復権」である。 「合理主義の結実ともいえる情報科学技術が置き忘れてきたもの」を表すために妖精・妖怪という言葉が使われている。

もともと人間の歴史のなかで妖精・妖怪は、人間と人間、人間とモノ、人間と自然とのコミュニケーションを媒介してきた。 昔の人が役目を果たした古道具に宿るという九十九(つくも)神に畏敬の念を抱いていたことや、河童の話で子供に水の危険を教えていたことは、 人間がモノや自然と接するときに妖精・妖怪という想像が働いていたことを示している。 その役割を情報通信技術で復権させようとする意味で妖精・妖怪をメタファーとして持ち出しているのである。

環境知能の研究には、例えば高齢化社会に精神的な安心をもたらすというニーズがあり、 自然言語処理や画像認識でニーズに答えていくという方法論もあって、総合的に未来の生活環境のデザインをしているといえる。 前田氏らの論文にはそのためにこれから開発すべき技術課題も挙げられていてたいへん興味深いが、同時にデザインの手法として参考になるのは、 妖精・妖怪というメタファーを使ってイメージを明確化し、シナリオをアニメーションで詳細化していることである。

実際に同グループは妖精・妖怪に相当する技術が身の回りに隠れている環境を「まっしゅるーむ」と呼んで、 そこでのインタラクションのシナリオをアニメーションにしている。映像にすることで、 人間とのやりとりのタイミングや声のトーンまで具体的に示されるので、見るほうもいろいろと考え始めるきっかけになる。 メタファーや具体的なシナリオによって関係する人々がイメージを共有するのは、 長い時間がかかる技術開発やデザインプロジェクトほど有効になってくると思う。

さらにメタファーを持つことの利点は、他分野からの意見も得やすくなることである。最近、前田氏らの「環境知能のすすめ」 が本になったが、それを見ると環境知能シンポジウムやその後の対談で、情報通信技術の発想からは出てこない意見が交わされているのがわかる。 例えば認知心理学者の下條信輔氏は、環境知能では情報だけでなく人間の生物学的な基盤を反映させる必要があるという見方を示している。 指先をつかさどる脳の部位が発達して言語の創発につながったという説があるように、身体の機能と文化活動とは切り離せない。 もし指先と文字が関連しているならば、読書に親しむためにはこれからも電子メディアより紙の本の方が優れているのかもしれない。 「既存のメディアの周辺的に見えるようなデバイスで、歴史的かつ技術的な制約としてしか捉えられていないもののなかに、 じつは人間の生物学的な構造の基盤が反映されていることがある。新しい情報技術はそこをまったくマーケティングしていない」 というのが下條氏の指摘である。

このような指摘は現状の制約下での技術開発やデザインではなかなか出てこない発想であり、耳を傾ける価値がある。 環境知能という課題について、技術的な面だけでなく社会的、文化的な面からも考察している同グループの成果は、 これからの社会に必要なもののデザインを考える上で参考になることが多い。 このような活動から得られている貴重な知見にも目を配っておきたい。

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「外村佳伸、前田英作(2008)、『環境知能のすすめ』 リミックスポイント

環境知能シンポジウムの記録やその後の対談を読むことができる。また環境知能シンポジウムについては映像アーカイブも公開されている。 http://www.brl.ntt.co.jp/cs/ai/ja/archive.html 」