デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2009.03.10オーガニック・ユーザ・インタフェース

現在、コンピュータのユーザ・インタフェースがハードウェアの側から変化しようとしている。 有機ELディスプレイやフィルム状の基板などにより、ディスプレイを薄く透明にしたり曲面に合わせて曲げることが可能になりつつある。 また静電容量センサを使うと、物の表面を触ったり手を近づけたりする動作が検出できる。つまりディスプレイやセンサを使うと、 いろいろな物の表面をインタフェースにできるようになってきたのである。

この状況を捉えて、コンピュータ関係の最大の学会であるACMが2008年6月の学会誌で「オーガニック・ユーザ・インタフェース」 という特集を組んだ。このオーガニックは有機材料を使ったディスプレイという意味も含むが、より広く生物のように多様な形の物をユーザ・ インタフェースとして使うという意味も込められている。

この特集号を編集したクイーンズ大学のヴェテゴール教授とソニー・コンピューターサイエンス研究所のプピレフ氏は、オーガニック・ ユーザ・インタフェースの特徴を現在のウィンドウとマウスの入力に対比させて説明している。現在マウスで指し示している動作は、 将来のオーガニック・ユーザ・インタフェースでは手で物に直接触れることに置き換わる。マウスでスクロールする代わりに、 ディスプレイを直接指で操作して必要な情報を出すようになる。警告メッセージの代わりに物が自ら変形することに、 ウィンドウを広げる代わりにディスプレイ自体を物理的に広げることになるという。このようにオーガニック・ユーザ・インタフェースでは、 ディスプレイが自由な形になったり、ディスプレイに直接触って情報の入力と出力ができるようになる。

情報を手で操作するインタフェースとしては、以前よりタンジブル(tangible)という考え方があった。 MITメディアラボの石井裕教授は、上記の特集号で都市プランニングのためのタンジブル・ユーザ・ インタフェースであるSandScape(2004年)を紹介している。地形上に建物の模型があり、 ユーザは建物を手で動かすことで配置を考えられる。地形は砂でできていて、 手で砂の形を変えると起伏が光学的に読み取られて等高線や建物の影などが再び砂の上にプロジェクターで投射されるしくみになっている。 当初開発したUrpというシステム(1999年)では砂がなく建物だけだったため素材を触って形を変えることができなかったが、 砂を使うことで人間が持っている形の操作能力とコンピュータのシミュレーション能力が組み合わされることになった。これはタンジブル・ ユーザ・インタフェースから面を自由に変形するオーガニックへの発展の好例だといえる。

同じ特集号の中で、東京大学情報学環教授/ソニー・コンピューターサイエンス研究所の暦本純一氏はさらに考察を進めて、 オーガニックということを単に変形するというだけでなく、生体とのインタフェースのあるべき姿として捉えている。 生物は身体を様々に使うことで生きており、特に皮膚は外界とのインタフェースの役割を果たしている。同じようにオーガニック・ユーザ・ インタフェースも様々な物の形や表面を利用することで、 人間が本来生物として持っているインタフェースの取り方をコンピュータとの間にも再現して、 これまで除外されてきた身体性や感情の領域までも取り込もうとしているのである。

オーガニック・ユーザ・インタフェースの技術開発は今後さらに、物を制御して自在な形を作る方向へと拡大していくだろう。 なかばSFのようだが、 無数の小さいロボットを制御して全体として形を作るクレイトロニクス(Claytronics)という研究がカーネギーメロン大学で行われている。 もっとも彼ら自身、実際に粒子のように小さく大量のロボットが作れるのはまだまだ何年も先だと言っているので、 実現はかなり先のことになるだろう。もう少し現実的なアプローチとして、柔軟な構造物を動かす研究がデルフト大学建築学科で行われている。 彼らは空気圧で収縮するラバーマッスルという駆動部品と伸縮するシート素材を組み合わせて、動く建築を作っている。 人間や環境の変化に反応する建築物は、入れ物という枠を超えて空間全体をディスプレイに変えていくことになるだろう。

これまでのユーザ・インタフェースがコンピュータをいかに人間に使いやすくするかという機械の論理だったのに対して、 オーガニックという言葉には人間の感覚や生得的な能力を生かそうとする方向性がある。 具体的な実現手段についてはまだ技術的な開発が進む必要があるが、 生物の側に立ってインタフェースをどう生かしていくかというデザインの問題についても考え始める時に来ており、 これから非常に面白くなる分野だといえるだろう。


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デルフト大学のHyperbodyプロジェクト(YouTubeで再生)