デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2010.01.22感情を喚起させる状況

ここ数年前から、製品やサービスのデザインを考える上で感情の側面への関心が高まっている。たとえばデザイン&エモーションという学会のトピックには、健康や福祉などに加えて、生活環境における安心や満足などの感情や、ビジネスにおける感情の戦略的な役割といったテーマが入ってきている。

ただ感情といっても、まだ我々自身が十分にわかっていないことも多い。たとえば直感的には何か出来事があるとまず感情が起きて、その結果として表情が顔に出ると思われている。ところが事実は、まず表情が変わったり身体が緊張したりする行動が反射的に起きてから、それを追認する形で感情がついてくる。実際、指示に従って顔の筋肉を動かすと、うれしさや悲しさの感情を呼び起こせるという実験がされている。つまり行動をコントロールすることで、特定の感情が起きるように仕向けられるのである。

このように感情については心理学で調べられており、実験室のような限られた場所で感情を生じさせる手法がいくつも報告されている。例えばカリフォルニア大学バークレー校のGrossらは、映画を使って楽しさ、悲しさ、満足、驚き、嫌悪、怒り、恐怖などの感情を生じさせる実験を行っている。彼らが使っているのは、映画から切り出した2分ほどの短いビデオクリップである。約500人の学生に78本のビデオを見せて、それぞれどのような感情がどれだけ起きたか点数をつける。そしてできるだけ特定の感情だけが起きて他の感情が現れないという基準で、感情を起こすのに最も適した映画を選んでいる。

研究が行われたのが90年代なので使われている映画も少し前のものになっているが、たとえば楽しさは「恋人たちの予感」のカフェでの会話の場面、悲しさは「チャンプ」で父親が亡くなる場面、嫌悪は悪趣味で有名な映画の「ピンク・フラミンゴ」、驚きは「カプリコン・ワン」で突然ドアが開いて捜査官が踏み込んでくる場面が選ばれている。これらの感情はビデオクリップを見ることで選択的に起きていることから、楽しさ、悲しさ、驚き、嫌悪などは比較的簡単に単独で起こすことができるようである。

恐怖については、スタンリー・キューブリックのホラー映画「シャイニング」の中で、ホテルの廊下で遊んでいる男の子がドアの向こうに母親がいると思って探しに行く場面が選ばれている。何も出来事は起きないのだが、子どもの視点からのショットや音楽も伴って確かに恐さが出ている。ただ実験では、恐怖とともに緊張や興味という別の感情も現れており、恐怖の感情は単独では起きていない。もっと難しいのは怒りの感情で、リチャード・アッテンボローの「遠い夜明け」で南アフリカのアパルトヘイト反対のデモをする群衆に警察が容赦なく発砲するシーンを観た被験者は怒りを感じるが、それだけでなく同じ程度の強さで嫌悪も感じている。短いビデオを見せただけで怒りの感情を選択的に呼び起こすのはなかなかできないようである。

実は感情を喚起するための手法を集めた心理学のハンドブックがあり[1]、上記の映画や顔の筋肉の他に、写真を見せる、荒っぽく話すなど挙動を変える、2人の会話をファシリテータが誘導する、音楽を聞かせるなどの方法が解説されている。その中で怒りを一番うまく誘導しているのは、社会的な関係の中で刺激を与える方法である。たとえば1人の被験者に文章を書かせて、それを別の部屋にいる知らない誰かが読んでコメントを返す状況を作る。実は別の部屋には誰もおらず実験者がコメントを返しているのだが、そのときにわざと侮辱するようなコメントを返すと、被験者は怒った気持ちになる。脳波測定でもその前後に違いがあることを確かめることができる。さらに実験には後半があって、今度は被験者が同じ別の部屋の誰かに飲み物を味見させる設定になる。甘い飲み物や辛い飲み物からどれを選んで味見させるかは被験者が決めるのだが、怒りの気分になった被験者は一番辛い唐辛子入りを選んで味見させるようになるのだそうである。このように手の込んだ実験の設定が必要なことからも、怒りは人間関係の中で段階を追って出てくるものだということがわかる。

デザインとの関わりを考える上で重要な感情の1つに愛着がある。愛着は自分でもなぜか知らないが気に入っている、手放せないという気持ちだが、これは時間をかけて育っていくものである。その意味で愛着は楽しさや悲しさのように短時間の刺激だけで起こせるものではなく、どちらかというと怒りのように段階的に生じていくものに近い。実際、愛着が生じる事例を探していると、あるとき怒りが生じてそれ以来利用しなくなったというような全く正反対の事例が一緒に出てくることがある。それも2つのほとんど同じサービスの一方でトラブルを経験して、そちらだけに怒りが向くという事例である。どこかの段階で愛着と怒りの分かれ道があったというのは興味深く、示唆的でもある。

これから感情、特に愛着については、長く使われるサービスのデザインを考える上で最も重要な項目になってくると思われる。そのためには感情を喚起する映画の実験と同じく、どのような経緯が愛着につながるかを、現実に起きている事例から調べる作業が必要なようである。


[1] James A. Coan, John J. B. Allen (eds), Handbook of Emotion Elicitation and Assessment, Oxford University Press, (2007)


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写真:恐怖を喚起する「シャイニング」のシーン(左)と、怒りを喚起する「遠い夜明け」(原題:Cry Freedom)のシーン(右)。