デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2013.08.23YCAMが発信するLIFE by MEDIA

今年、山口情報芸術センター(YCAM)が10周年記念祭を開いている。全体のテーマは「アート、環境、ライフ」で、このテーマの下にメディアによるこれからの生き方/暮らし方の提案を公募したのが「LIFE by MEDIA」である。コンペティションで選ばれた3つのプロジェクトは山口市の中心商店街に場所を得て、この夏9月1日までと11月1日~12月1日に公開されている。

「パブローブ(PUBROBE)」は個人のワードローブ(持ち衣装)を集めてパブリックなワードローブを作るプロジェクトである。無料のレンタルシステムで、服を借りる人はここで自分の服から着替えて行く。レンタルは無料で返却期限も自己判断、着た後は洗って返せばよい。ちょうど通りがかった主婦は気になる服があったらしく「どこで買うの?」と聞いて、無料のレンタルだと説明されて驚いていた。女性のリピーターもいるそうだが、どちらかというと服の所有にこだわらない男性の利用が目立つそうである。プロジェクトの提案者の西尾美也さんは、装いについての先端的な試みを展開しているアーティストで、レジデンス先のナイロビの市場を見て今回のプロジェクトを着想している。

パブローブからアーケード街を少し歩いた先にある「とくいの銀行」は、お金のかわりに自分の「とくい」を預ける銀行である。銀行の内外にびっしり掲示された「とくい」には、文章をすらすら読める、アニメのセリフが言える、動物の声ができる、宙返りができるなど子供らしいものから、まき割、座禅、お菓子のデコレーション、タイ式マッサージなど通なものまである。そして自分の「とくい」を預けた人は銀行の顧客となり、他人の預けたとくいを引き出すことができる。「とくい」を引き出す要望は銀行が受け取り、預けた人を呼んで引き出しイベントをする。例えばコーラの一気飲みがとくいな子が商店街のご主人の誕生日に合わせた引き出しイベントに来て、誕生会は一気飲み大会で盛り上がったそうである。

パブローブもとくいの銀行も、物やサービスを個人から個人へ提供しあうシェア経済の提案と言える。「シェア」の著者のレイチェル・ボッツマンらが2010年の段階で集めたシェア経済の事例は、インターネットによって個人を結びつけるものが多い。インターネットを基盤にしたシェア経済ではサービスのマッチングは利用者に委ねられるので、自分にとって良いサービスを見つけるための検索のスキルが必要になってくる。しかしパブローブもとくいの銀行もインターネットを基盤にしていない。そのおかげで小学生でもシニアでも参加できるのだが、ではどうすれば検索スキルを前提にしないサービスのマッチングができるだろうか?LIFE by MEDIA展を担当されているYCAMの田中みゆきさんによると、とくいの銀行は提案者で頭取役の深澤孝史さんの力によるところが大きく、彼の柔軟な引き合わせでつながりが広がることが多いそうである。パブローブの場合には見に来た人が自分で服とのマッチングをするわけだが、ゆっくり服を見たくなる空間づくり、自分で服を直せるミシンのある工房、洗濯ワークショップなど、愛着を持って衣服を扱う工夫がこの場所に詰まっていることがポイントだと思う。シェア経済の中でモノを扱うには、マッチングと同じくメンテナンスや改良の機能が必要ということを意味している。

LIFE by MEDIAの3つめのプロジェクトであるスポーツタイムマシンは、短距離走を楽しむ場所である。来た人は名前を登録し、陸上競技用の床材で作ったコース上を、自分で選んだ競争相手の映像と並んで走る。競争相手は過去の自分や友達の走りを3Dでキャプチャーしたデータで、自分の走りもデータに加わって行く。実際には人間だけでなく、ゾウやチーター、アニメーション作家が描いた謎の生物なども競争相手に選ぶことができる。スポーツの醍醐味は全力でチャレンジする高揚感だと思うが、スポーツタイムマシンもその気持ちをうまく発揮させて、たとえ途中で転んでも走ったことがとても楽しい思い出になる。走った後は何か一言カードに書いて壁に貼っておくのだが、すでに数千人分のカードがあるそうである。一つ一つのカードはQRコードで走りのデータと結びついており、挑戦したい人のカードを持って行くとその人の走りのデータと競争ができる。プロジェクトを提案したeスポーツプロデューサーの犬飼博士さんとインテリアデザイナーの安藤僚子さんは、スポーツタイムマシンがゲーム感覚を取り入れた運動会で使われたり、若かったころのおじいさんと競争したりという使い方を思い描いている。

パブローブやとくいの銀行がサービスやモノを交換するシェア経済なのに対して、スポーツタイムマシンは同じ場所で同じイベントに参加する体験をシェアしていると言える。同じ映画を見たり同じ所を旅行したという体験は、仮に同時にいなかったとしても話題を作って連帯感を生む。しかもスポーツタイムマシンというメディアに入るといつの走りかという時間が関係なくなるので、競争した相手の過去のデータと自分とが一緒に走ったかのような気持ちになる。モノやサービスと違って体験の共有は一見すると経済にならないように見える。しかし例えば電話の発明はもともと電信のためで、後に広まった直接音声で話してつながっていたいという体験の共有は想定外だった。同じように走る体験を共有するスポーツタイムマシンにも、これから思ってもみない経済価値が出てくるかも知れない。

YCAMはいまの日本のメディア芸術の拠点でもトップランナーと言ってよい。その10周年記念祭にLIFE by MEDIAがあったことは象徴的である。メディアによるこれからの生き方/暮らし方という表明からはじまる、これからさらに10年先の変化に注目したい。

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YCAM10周年記念祭LIFE by MEDIAで展示されている西尾美也「PUBROBE(パブローブ)」。右奥の一段上がったところに工房があり、その場でミシンを使えるようになっている。