デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2010.10.20デザインとエモーション2010

今年10月に「デザイン&エモーション」という会議がシカゴで開かれた。通算7回目になるこの会議は、デザインが人間の感情に関わる側面についての研究や情報交換の場として知られている。1999年に第1回がヨーロッパで開かれて以来、前回の香港を経て、今回初めて米国で開かれたということも、機能や効率だけでないデザインの質的な面への関心が主流になっていることを示している。その背景には、ドナルド・ノーマン教授の「エモーショナル・デザイン」にあるようなユーザビリティから愛着が持てるものへの価値の変化や、さらに大きくいえばモノからサービスへと向かう産業の変化がある。

その流れのなかで、今回特にはっきりしていたのは、健康分野への関心であった。日本でも米国でも同じであるが、急速に進む高齢化に対応するには、病気の治療だけでなく、精神面を含めた健康を支える技術が必要である。基調講演を行なったインテル社デジタルヘルスグループのジェイ・ルンデル氏は、インテルがこの分野に高い関心を持って積極的に動いていることを強調した。その構想には、ちょうどコンピュータにメインフレームからパーソナルコンピュータへの変化が起きたように、医療でもメインフレーム的な大病院での医療からパーソナルな家庭での予防医療に変わっていくという見通しがある。

パーソナルな医療を支えるためにはさまざまなコンピュータ技術が必要になってくるわけだが、インテルの研究でおもしろいのはビヘイビアマーカーに注目していることである。たとえば認知症でのビヘイビアマーカーとは、電話をとった瞬間にすぐ相手がわかるか、一瞬間を置いて思い出すか、全く思い出せないかという様子の違いのことである。電話をとったときの反応をミリセコンド単位でモニタリングすることで最近様子が違うということがわかれば、病院に行くよりもずっと前に日常生活のなかで兆候をみつけることができる。高齢者の生活と医療の関係を調べるために、インテルは2006年から各国の家庭を訪れるエスノグラフィー調査を行なっており、何に愛着を持っているか、どのような不安があるかなどの感情の側面にも踏み込んだ調査結果を出している。そこからビヘイビアマーカーのような生活に密着した研究が出てくるものと期待される。

その他、今回の会議で特徴的だったものを個別に挙げると、「良いデザイン=良い配偶者」という発表があった。人間は長い進化のなかで、長く一緒に暮らせる配偶者に必要な要素は何かという判断基準を培っている。この基準は配偶者だけでなく、長くつき合う製品の選び方にもいえるというのがタイトルの意味するところである。配偶者を選ぶ判断基準を調べていくと、1)魅力、2)社会的地位、3)知性、4)信頼、5)共感、6)意欲、7)ユーモアなどに行き着く。これを製品デザインの場合に当てはめると、魅力はデザインの美しさ、社会的地位はブランド、知性は製品がうまく機能することにあたる。また信頼は危機のときの適切な対応で、たとえば1982年に起きたタイルノールへの毒物混入に対して、ジョンソン&ジョンソン社がすぐさま製品を回収して改良品に置き換えたことが信頼できる行動の例である。共感は消費者のニーズを捉えることで、たとえばヴィックスが体温計の使われ方を観察して使い方を間違えないようなデザインに改良したことがそれにあたる。意欲はジョギングを新しくしたナイキとアップルの提携のように、イノベーションの形で出現してユーザ自身の行動を意欲的にしてくれる。ユーモアはたとえば吉岡徳仁氏のハニカム構造でできたHoney Pop Chairのように、驚きや斬新さが製品に触れることを楽しくさせるという要素である。発表者のAyça Çakmakliさん(プラット・インスティテュート)によると、この7つの基準を一組のカードにして配ったところ、製品に必要な要素をクライアントに説明するのに役立つとデザイナーから好評だったそうである。

もう一つ「楽しさの暗黒面(ダークサイド)」という、スティーブン・フォキンガ氏(デルフト工科大学)らの発表もユニークで人気を集めていた。たとえば万歩計で毎日歩く量をセットするとして、今日十分歩いていなかったとしたら、明日歩く目標はいつもよりも高くセットしようと思うことがある。そのときに自分を罰するというネガティブな感情があるが、その感情を音やイルミネーションで強化して、あえて難しい目標に立ち向かうのを援助しようというのがネガティブな感情の生かし方である。また歩いている途中で何かを追いかけるという設定にすると、なかなか追いつけないというフラストレーションの感情がチャレンジ心を生む。このように心地よい面だけでなく、厳しい面や避けたい面をあえて加えることで、人とモノとのエモーショナルな関わりが深まるということである。

その他にも今回のデザイン&エモーションでは、MITメディアラボのシンシア・ブレージル教授がロボットとのエモーショナルなやりとりを講演するなど、技術面でも感情を扱うことが着実に可能になっているということが意識されたと思う。これから健康のような分野でのデザインが深まるとともに、文化など新たな応用が広まっていくと思われるので、引き続き注目しておきたい。

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世界各地でのヘルスケアの調査をもとに作られたビデオを紹介するインテル社のジェイ・ルンデル氏