デザインテクノロジーの最前線 - 桐山孝司

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2012.02.21フィジカルな世界への視線入力

東京都写真美術館で2月26日まで第4回恵比寿映像祭が開かれている。主な上演やイベントは屋内だが、エキソニモの《The EyeWalker(ジ・アイウォーカー)》2012という作品は屋外の広場にあり、テレビモニタを入れた白い箱がいくつも置かれている。箱にあいた小さな穴からはカメラが覗いていて、カメラから見える風景がテレビモニタの画面に映っている。箱の位置や向きはいろいろなのだが、実はそれぞれの箱のカメラが見ている先には別の白い箱がある。白い箱の代わりに標識があったり、カメラの上下をわざとひっくりかえしていたりする場合もあるのだが、カメラの先にカメラがあるという視線のつながりは同じである。

視線がつながっているということは、もし画面の中の白い箱の位置に行って箱と同じ方向を見ると、その先にはまた次の白い箱が見えているはずである。広場を見下ろすベランダやアーケードの天井に取り付けられているカメラもあるので、視線に沿って移動することを想像すると、場所も高さも飛び移って行く。もちろん自分が瞬間的に次の白い箱に移動することはできないが、渡り歩いた先のカメラの映像が目の前のモニタに届けば、次々と自分が移動しているように感じられるだろう。この作品を見に来た人は自分も大きな白い箱に入り、目の前のモニタを通して箱から箱への視点の移動を体験するのである。

そのときポイントになっているのは、次に行く白い箱を画面の中で探すのに、マウスやタッチパネルでなくアイトラッキングを用いていることである。視点を追跡するアイトラッキングは、ユーザビリティテストや運転者の視線追跡からチンパンジーの行動分析まで、すでにいろいろな調査研究で使われているが、まだ気軽に入力デバイスとして使える製品にはなっていない。しかし眼球の画像を高いフレームレートで取り込む環境を整えられれば、カスタムメイドのアイトラッカーを安く作ることができる。その場合、眼球の画像から瞳の方向を検出する画像処理が必要だが、その部分のソフトウエアはopenFrameworksの開発者のザッカリー・リーバーマンらがオープンソースとして提供してくれている。必要なハードウエアも1万円以下で自作することができる。

もともとザッカリーらは、視線の動きだけで絵を描くジ・アイライター(The EyeWriter)というプロジェクトを行っていた。彼らはPS3用のPlayStation Eyeを分解して赤外線フィルターをつけ、赤外線LEDと一緒に眼鏡の枠に取り付けて眼球の動きを追えるようにした。絵を描くのはロサンジェルスのグラフィティ(落書き)で知られた人で、筋萎縮性側索硬化症(ALS)にかかってから絵を描くことができなくなっていた。彼がスプレーの代わりにThe EyeWriterで描いた絵を、グラフィティリサーチラボというグループが街のビルの壁面にプロジェクタで投影した。夜の街に浮かび上がるグラフィティが、実はベッドにいる人の頭の中から出てきたイマジネーションだというのは、アイディア自体が痛快である。The EyeWriterのプロジェクトは、メディアアートの国際フェスティバルのアルス・エレクトロニカで2010年のゴールデン・ニカを受賞するなど、高く評価されている。エキソニモのThe EyeWalker 2012も、 このThe EyeWriter2.0を利用して作られている。さらに山口情報芸術センターの技術チームInterLabも開発に参加し、恵比寿映像祭でガーデンプレイスのセンター広場に置くことまで想定して作られたそうである。

今回の恵比寿映像祭のテーマは「映像のフィジカル」となっている。映像は文字通りスクリーンや壁に映し出された像だが、純粋に頭の中から出てきたイメージが映し出されて風景に入り込めば、もう物理的な都市の一部になってしまう。またThe EyeWalkerのように人間の意識が映像の中に入り込んで風景を渡り歩けば、物理的に移動はしていないけれども遠くまで見にいったという同じ気持ちを残す。いづれも装置やメディアの進化によって起きていることであり、結局物理的な世界が進化してその一部として生まれたものが映像だというのが「映像のフィジカル」の趣旨だと思う。中でもアイトラッキングは視覚的な注意が現れる視線を使って物理的な世界に直接入力するインタフェースとして、これから映像と一緒にいろいろな展開がされていくと思う。

エキソニモは恵比寿映像祭のライブイベントで画面のポインタが勝手に動き回るパフォーマンスを見せてくれたが、最初にフィジカルなマウスはいらないといってハンマーで叩き壊したらコンピュータ側の電源がショートして画面まで止まってしまうという、映像のフィジカルそのままのようなハプニングを起こして、クールなのに楽しませてくれる二人のユニットである。彼らやザッカリーらの作るシステムが、アートの展示としてだけでなく日常のフィジカルな世界を豊かにしてくれることに期待していたい。


TheEyeWalker_Ebisu.jpg


恵比寿映像祭で恵比寿ガーデンプレースのセンター広場に展示されたエキソニモの《The EyeWalker(ジ・アイウォーカー)》2012。鑑賞者は両端にある大きな白い箱に入り、視線だけで白い箱から見える風景を渡り歩いて行く。2階のテラスにも白い箱が見えている。