“本能”から人間を読み解く - 佐藤武史

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2012.03.06進化とフェイスブック


今から35億年前に生まれたとされる原始の生命体。彼らは目や口といった器官もなく、好奇心や愛情といった感情もなく、ただ、周囲の物質を取り込み、自己増殖を繰り返していた(と言われています)。それが、例えば5億4千万年前(カンブリア紀)の視覚の誕生といったような進化を繰り返し、分化し、現在の地球上に存在する生物群へと繋がってきました。だから、僕たちが当たり前のように持ち得ている肉体・精神も、進化の過程で獲得されたもの。本能論的立場ではそのように説明します。ここで、その「肉体・精神の獲得」の意味を考えます。

生物は、周囲の環境に大きく左右されながら生まれ、死んでいきます。例えば、酸素を苦手とする嫌気性の細菌などは、酸素に触れると死んでしまいます。川の上流で産卵するサケも、天敵のクマが大量発生すると、産卵まで行き着かず、血が途絶えてしまうかもしれません。そのような環境の変化をするりと抜け、生き残れるよう、生物は肉体や精神を進化させてきました。それが肉体・精神の獲得の意味です。

我々人類の祖先は、数十万年~数百万年前に他の生物から分化してきたとされていますが、その生態の特徴の一つとして"集団生活"が挙げられます。強靭な肉体や鋭い牙を持たなかった我々の祖先は、グループで行動することで外敵から身を守ったり、草食獣を狩ったりしていたわけです。そして、この集団生活を成立させる一つの因子に、「仲間と供にいる喜び」といった感情が挙げられます。

ここで、「おしゃべり」の目的を二つお話したいと思います。一つは、何かの意図を伝えるということ。"手段"としてのおしゃべりです。食べ物を取って欲しい、お腹が痛い、等。もう一つは、おしゃべり自体を楽しむということ。"目的"としてのおしゃべりです。この後者の"目的"としてのおしゃべりに伴う快感が、先述の「仲間と供にいる喜び」の感情群の一つ、という訳です。つまり、おしゃべりして楽しいという感情も、生物的に意味のあることだったということです(おしゃべりが楽しい⇒仲間と供にいて嬉しい⇒集団生活が成立する⇒外敵から身を守ったり、狩りをすることが容易になる)。

おしゃべりの構造を少し考えると、話し手と聞き手が存在し、話し手に対する聞き手の反応は少なくとも2種類あります。「ポジティブにうなづく」という反応と、「何か意見を重ねる(次の話し手になる)」という反応です。こういった反応にそれぞれ快感が準備されており、それがおしゃべりをポジティブな活動にしている訳です。

ところで、先日米国での上場の話題で新聞を賑わしたフェイスブックですが、そのフェイスブックの最も基本的な機能は以下の通りだと思います・・・誰かがコメントをフェイスブック上に載せる。そして、そのコメントに対し、誰かが「いいね!」とクリックするか、さらなるコメントを重ねたりする。これは、上述のおしゃべりと同じ構造になっていると思いませんか? そうであるならば、おしゃべりにまつわる生理的な快感が、フェイスブックでも同様に発生していることが推察されます。「いいね!」とクリックする側にも、クリックされた側にも快感が・・・。本能論的な視点では、フェイスブックによってもたらされる喜びをこのように解釈できます。

本能を基点に人間の活動を俯瞰したとき、一見、異なるように見える事象にもアナロジー(類似点)がある。それだけでもお話としては面白いのですが、さらに、そこにアナロジー発想法を適応すれば新しいアイデアの開発にも応用していくことができたり、と。

今回は、そんなお話をさせていただきました。

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