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2010.05.06医療現場は、エクスペリエンス・デザインの新しい前線

「エクスペリエンス・デザイン」というと、とかくレストランや小売店などの状況を思い浮かべがちだが、エクスペリエンスが起こる場所はもちろんそれだけではない。

注文した商品が届いて、その箱を開ける過程もエクスペリエンス。アメリカでは、ことにコンピュータ・メーカーが小包を開けるプロセスまでデザインし、難しい機器にとっつきやすくしたり、箱を開ける時間にワクワク感が増したりするような工夫をほどこしている。アップルやHP、デルなどがそんな代表的なブランドだ。

最近は、このエクスペリエンス・デザインの対象が医療にも及んでいる。病院で患者が診察を受けて帰っていくまでの一連の行動をどう改良できるのか。そのエクスペリエンスを物理的、心理的両方の面から研究して、テストするというプロジェクトが方々で起こっているのだ。

たとえば、優良病院として名高いメイヨー・クリニックでは、数年前SPARC というプロジェクトを立ち上げた。SPARCはsee(観察する)、 plan(計画する)、 act (やってみる)、refine(改良を加える)、communicate(それを伝える)の頭文字をとったもの。実際の病院の外来診察の現場にラボをセットし、そこで本当の患者と医師のやりとりを観察しながら、医療全体のエクスペリエンスを向上させようというものだ。

たとえば、患者がアポの時間にやってきてキオスクで登録する手続きは、わかりやすいか。患者が診察時間を待つ場所はどう過ごされるのか。医師と患者のコミュニケーションを改良するにはどうしたらいいのか。そういったことが、SPARCのスタッフによって観察され、医師や患者の意見も取り入れながら、とりあえずは新しい方法で試され、またその結果をフィードバックしていくという循環のプロセスが繰り返されている。

そうした中で、丁寧に説明する医師の言葉がかえって患者を混乱させるので、1枚に内容を要約された紙をひとり一人に渡し、その中で治療法を選択してもらうといったような解決策も生まれている。また、患者を診ていない時の医師同士が、事務作業をこなしながらも、意見交換をしやすいようなオフィスのレイアウトなども試されている。

メイヨー・クリニックだけでなく、カイザー・パマンテンテという全米にネットワークを持つ医療組織も、同様のプロジェクトを推進中だ。先端技術を採用する医療現場のシミュレーションでは、毎朝医師や看護婦の代わりにロボットが回診して、薬を配って回るようなことも試されている。

また、ジョンズ・ホプキンズ大学病院という、やはりアメリカ有数の病院では、長年かかって編み出された病院のレイアウトがユニークだ。医師と外来患者の動線が交わらないとか、病院の中では外来診療科ごとに半島のように突き出た一角をあてがわれ、患者のプライバシー尊重と医師の時間の効率化が最大限にはかれるように、診察室群の設計がなされたりしているのだ。

今やこうした医療分野でのエクスペリエンス・デザインは、もっとディテールにまで及んでいる。たとえば薬品。

ドラッグストアも運営するデパート・チェーンのターゲットは、処方箋錠剤の容器のデザインを一新させた。これまでアメリカで一様に使われてきたのは、黄色いプラスティック・ボトルに白い蓋のついたもの。そこに細かな文字がプリントアウトされたシールが貼られているというものだ。
これをデザイナーに依頼して改良。家庭内にボトルがいくつあっても混乱しないよう、蓋の下に色違いのリングをつけ、さらにラベルのレイアウトを整然とさせて、誰用の薬で、どう服用するのかがわかりやすくなっている。

医療分野は長い歴史があるからこそ、医師も患者もわかったつもりになって現状の環境の中に収まっている。だが考えてみれば、ここほど、心の不安を取り除き、疲れた身体を癒したいという点で、優れたエクスペリエンスを求めている場所はないのだ。

当たり前に思っていたものを、どう違った目でとらえていくか。そのための方法論は何か。エクスペリエンス・デザインには、まだまだ未踏の分野が残っている。