米国マーケティング最新事情 - 瀧口範子

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2013.08.06食教育を拡大解釈する

アメリカの食生活は、最近でこそ健康に向かっているが、基本的には安心なものではない。脂肪や糖分の多い製品、得体の知れない加工品、人工的な色に着色された不思議なモノなどがあふれていて、不健康と言う前に、いったい正真正銘の「食品」とはどんなものなのかという感覚が麻痺するのだ。

子供たちがジャンクフードとソフトドリンクばかりを手にすることにも、警鐘が鳴らされている。学校によっては、そうした食品を禁止するところも出てきた。だが、根本的な問題は、低所得の家庭ほど食に対する意識が低く、子供たちが正しい食品への知識を持たないまま育ってしまうことだ。冷凍やできあいの料理ばかり食べるために、魚がどんなかたちをしているのか、野菜はどうやって作られるのかといったごく基本的な知識がなく、ひいてはなぜ健康な食品を食べなければならないのかの判断もつかないのである。

こうした状況に危機感を覚えた有名シェフがいる。アリス・ウォーターズというカリフォルニアの女性シェフで、サンフランシスコ対岸の町バークレーでシェ・パニーズというレストランを創設したことで知られている。シェ・パニーズは、カリフォルニア・キュイジーヌ発祥の場所として有名だ。

そのウォーターズは、ある朝レストランの近くを歩いていて、近所の小学校の校庭が荒れたままで放置されているのに気がついた。その様を残念に感じた彼女は、校長に掛け合って、ここに野菜やハーブを植えることを提案する。「Edible Schoolyard(エディブル・スクールヤード)」の始まりである。「食べられる校庭」、つまり校庭に食物でいっぱいにしようという運動だ。数年前から始まったこの運動は今、全米の学校に広まっている。次世代を担う子供たちの食教育の方法論として、広く受け入れられているのである。この食教育は、実践的にして楽しく、また美的なものだ。

大きく分けて、エディブル・スクールヤードの活動はふたつに分かれている。校庭に食物を植えて育てる活動と、そこで採れた食物を料理して食べるという活動だ。育てる方は、種々の野菜、果物、ハーブなど何10種類もの植物を種や苗から育てる。その過程で、畑を耕したり、水をやったり、雑草を抜いたり、枯れ草を処理したり、コンポストをつくったりといったさまざまな活動がある。もちろん、1回限りではなく、「育てる」という時間を通じて行われる活動だ。料理して食べる方は、ナイフなどの用具を使いながら、基本的な調理法を学ぶ。校庭で採れたものが、料理にかたちを変えるのを経験するのである。食事は、みなでテーブルを囲み、おしゃべりをしながら食べる。食べ終わったら、食器を洗って片付けを終えるまでが、食事だ。

そこに加わるのが、楽しく美的な要素である。たとえば、校庭の植物はどこか雰囲気のある方法で植えられている。校庭を巡回すると、まるで新種の庭園を回ったような気分がするくらいだ。それぞれの植物には名札が付けてあり、その名札にも手書きの説明が楽しげに書き込まれている。子供たちが使う作業用の手袋は、道具小屋の外壁にカラフルに並べて掛けられ、まるで美しいグラフィックの絵を見ているようだ。道具小屋の中も、きれいに整頓されている。校庭の植物も同じだが、この整頓されているというのは、単にまっすぐ整理されているという「冷たい」ものではなく、暖かさや楽しさの感じられるような風情なのである。食べる方では、決して高価なものではないが、テーブルクロスや食器がチャーミングである。調理用具や食器は便利なところに、これもまた親しげで楽しげな方法で並べられている。「食べることが、そもそも楽しい体験であることが感じられるように」、こうしたことにも心遣いがされているのだそうだ。

単に食教育と言っても、いろいろなやり方があるだろう。知識を詰め込むだけの方法もあるだろうし、畑を義務のように耕す方法もあるだろう。だが、このエディブル・スクールヤードの場合は、「食」とは何かを、最も好ましい方法で拡大解釈をして、それを構成する視覚や感覚の要素を重視しているところがユニークと言える。おそらく、食に限らず、われわれが何かを考える時、こんな拡大解釈をすれば心は大きく楽しめると思うのだ。


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エディブル・スクールヤード・プロジェクトのサイト:
http://edibleschoolyard.org/